嵐山町web博物誌・第1巻「嵐山町の動物」
第2章:森や林の主な動物たち
第1節:森林の動物と四季の変化
2.オオムラサキ
青紫色に輝く美しいハネはオスだけのものです。「大紫」も、この美しい大きなハネに...全文
嵐山町の自然を代表するオオムラサキは、豊かな雑木林の象徴と呼ばれるチョウです。なぜそう言われるのでしょう。ふつう、チョウは花に集まるものだと思われていますが、オオムラサキは決して花には訪れません。成虫がエサとするのは、クヌギなど木の幹から流れ出る樹液や熟れた果実などです。人の手がゆきとどいた健全な雑木林には、樹液の出る木がいくつもあります。ですからオオムラサキも生きてゆけるのです。
夏になると、カブトムシやスズメバチなど多くの昆虫にまざり、樹液を吸っている姿をよく見かけます。ほかの虫たちと良い場所のとりあいになると、大きなハネを広げておどかすこともあります。また飛んでいる最中に鳥におそわれたときなどは、逆に追い返してしまうこともあるようです。
オオムラサキのメスは濃い紫色のハネをしています。オスよりもひとまわり大きく、林縁を飛ぶ姿はとてもダイナミックです。近くで見ると、なんと!チョウなのに羽音が聞こえます。
樹液に群がる昆虫の中に、オオムラサキの姿が見えます。普段はハネを閉じているので地味な裏面しか見えませんが、スズメバチなどとけんかになるとハネを広げます。こうした光景も、樹液の出る木がいくつもある広い雑木林だからこそ見られる貴重なものです。
オオムラサキの幼虫が育つエノキ。肌のざらざらした幹で、斜面林や河川ぞいに多く見られます。成長が早く、10年もたてば立派な木に育ちます。
オオムラサキとは?
エノキの葉は、つけ根から伸びた3本の葉脈が特徴的です。
オオムラサキや...全文
チョウの仲間は、幼虫の時期と成虫になってからでは食べるものがまったく違います。オオムラサキの幼虫はエノキという、雑木林の林縁によく見られる木の葉しか食べません。ですからオオムラサキが生きてゆくには、樹液の出る木があると同時にエノキもたくさんなければならないのです。埼玉県東部に広がる平野部では、オオムラサキの生息に適した林がたいへん少なくなり、オオムラサキもほとんどの地域で見られなくなってしまったようです。嵐山町は都市近郊に残されたオオムラサキの貴重な生息地です。
-
体長1センチメートルほどの2令幼虫。小さくても、立派な角を持っています。夏の終わりにエノキの葉をじっくり観察してみると見つかることがあります。 -
寒い冬、幼虫はエノキの根元で冬越しをします。落ち葉に糸を張り、しっかりとしがみついて、じっと春を待ちます。体の色も落ち葉にあわせて茶色に変わります。越冬幼虫は、埼玉県あたりでは4令(3回脱皮した幼虫)がふつうですが、3令のものもあり、ごくまれに5令での越冬もあるようです。 -
芽吹きとともに目覚めた幼虫は、エノキの葉をたくさん食べて5月には終令幼虫となります。ちょうど成人男性の人差し指ほどの大きさで、ずっしりと重く育っています。顔が青味がかっているのが終令幼虫の目じるし。令期でいうと5令、もしくは6令にあたります。 -
さなぎの期間はわずか2週間程度。さなぎになってもすべてがチョウになれるとは限りません。ハエやハチに寄生されて死んでしまうことも多いようです。 -
オオムラサキが羽化するのは6〜7月頃、エノキの葉裏でひっそりとおこなわれます。夜明け前に羽化することが多いのですが、時にはとんでもない時間に出てくることもあります。 -
メスは、幼虫が元気に育つことのできるエノキを見つけると、その葉裏に産卵します。1個しか生まないこともあれば、30個以上をまとめて産み付けたりもします。 - 最上段の卵へ戻る
[埼玉県のオオムラサキ分布(1977年以後の記録)]
埼玉県昆虫誌Iの分布図を基に改変。市町村ごとに区切ってあります。
コラムCOLUMN
国蝶オオムラサキ
オオムラサキは「国蝶」としても有名です。1933(昭和8)年、蝶類同好会の席上で江崎悌三博士によって国蝶の指定が提案され、1957(昭和32)年に開催された日本昆虫学会の役員会でオオムラサキが国蝶として選定されました。これより1年早い1956年には75円通常切手のデザインとしてオオムラサキが採用されており、これにより一般にもなじみのあるチョウとして定着しました。国蝶といっても天然記念物のような法的規制はありませんが、減りつつある貴重な種として、各地で保護活動が盛んです。私たちの国蝶が、いつまでも身近なものであってほしいという、そんな願いからなのでしょう。