嵐山町web博物誌・第7巻【祭りと年中行事編】
9.流鏑馬|村の行事
流鏑馬は、神社の境内などに的を設置して馬を疾走させ、馬上から騎手が的に矢を放つ行事で、埼玉県では比企・入間地域で多く行われていました。流鏑馬は、勇壮な的射(てきしゃ)行事のほかに、魔よけや、養蚕の予祝、あるいは農作物の年占(としうら)的要素も備えていました。
嵐山町では、鎌形八幡神社で流鏑馬が行われていました。その起源は、源義家(みなもとのよしいえ)が後三年の役の折りに、戦勝を祈願して当所に流鏑馬を奉納したことにあると伝えられています。流鏑馬が行われていたのは大正末までで、例年九月十五日に植木山と内郷で一頭ずつ馬を奉納しました。馬場は境内下の道に設けられ、一の馬、二の馬の順に三つの的に向けて矢が射られました。