嵐山町web博物誌・第7巻【祭りと年中行事編】
第3節:農繁期はじまる
田に響く八十八夜の武者太鼓 植木トメ
すがすがしい風をさかのぼるように、何匹もの鯉幟(こいのぼり)が泳いでいます。ところどころに浮かぶ雲が、鯉のはね上げた水しぶきのようにみえます。矢車の音を聞きながら歩けば、足取りも軽やかです。田んぼには、早くも畔の手入れをする人の姿がありました。
暦の上での夏になりました。いよいよ本格的な農作業が始まります。田植えの準備、麦刈り、田植えと、休む暇もありません。今ではほとんど見られなくなった茶摘(ちゃつ)みや養蚕も同じ頃から始まります。農作業の機械化がまだなかった頃は、ほんとうに日の出、日の入りに追われるような毎日でした。それでも、この時期に精いっぱいがんばれば、秋には収穫の喜びが待っています。
1.八十八夜|家の行事,稲作の行事
立春から数えて八十八日目に当たる八十八夜は五月のはじめになります。「八十八夜の別れ霜」という言葉のとおり、この頃から天候が安定するので、稲の種籾ふりやお茶摘みなどが行われます。
以前は 種籾をふった水苗代の水口(水の取り入れ口)に小正月の小豆粥をかき回した粥かき棒を立てる「水口祭り」が行われました。籾ふりで残った種籾と大豆を焙烙で煎ったものを半紙にくるんでオヒネリにして粥かき棒の先に挟みます。
焼き米を供えるのは、鳥の口を焼いて封じるためとも、鳥に食べさせるのだともいわれますが、田の神への信仰の一つと考えられます。
お茶づくり
【農繁期のはじまる風景】
嵐山町を始め、埼玉県内では、販売用ではなく、自給用として、家の廻りや、畑の畔などに、茶の木を植えていました。茶摘みは一番茶は八十八夜の過ぎた頃に始まります。伝統的なお茶作りは、茶の葉を蒸籠で蒸して、それを出して冷まします。それから、木炭を燃やし、その火を利用してホイロで手で揉んでお茶に仕上げていきます。
(写真提供:県立民俗文化センター)