第5章は、遺跡と遺物を通じて中世の衣食住など、当時の人々の日常生活にスポットを当ててみました。行司免遺跡は陸の道と川の道が交わるところで、物資の集積地としての市場的な性格が想定されます。金平(かなひら)遺跡は「弘安四年」の銘がある鋳型が出土して鎌倉時代の鋳物工場であることがわかりました。大量の備蓄銭(びちくせん)が出土した山根(やまね)遺跡は小倉(おぐら)城に関連する武士の居住地と考えました。また、科学の目というコラムでは自然遺物の分析結果から当時の生活環境や食生活などを具体的に紹介しました。