嵐山町web博物誌・第2巻「プランタ」
4.秋・冬
秋の彼岸
秋の彼岸は、秋分の日を中心とする七日間で、この時期に祖先を供養する風習は古くから行われ、墓参りに出掛ける光景があちこちで見られます。
〔中略〕彼岸には仏教的な色彩が強く現れるなかに、小麦や小豆を伴ったまんじゅうやぼた餅を供えることにより、収穫を祝い、祖霊に感謝する要素も含まれるものであると考えることができます。彼岸の供え物の代表格は、ぼた餅が挙げられます。ぼた餅は、牡丹の花の形から命名されたものといわれています。また、煮た小豆を粒のまま散らしかけたのが、萩の花が咲き乱れる様子に似ていることから、「おはぎ」とも呼ばれます。いずれにしても、春秋の彼岸に咲く花の名にあやかり、彼岸の儀礼食として仏様に供えられてきた食物ということができます。
嵐山町博物誌・写真で綴る嵐山歳事記【祭りと年中行事編】
- ヒガンバナ(彼岸花)
- 人家に近い田畑の縁や堤防や墓地などに群生します。9月の秋の彼岸ごろ朱赤色の花が、葉に先立って咲きます。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)ともいわれます。
- ボタン(牡丹)栽培
- 中国原産。観賞用として庭園に植えられ、多くの品種があります。
- ヤマハギ(山萩)
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萩はマルバハギ、ミヤギノハギ、ヤマハギなどの総称です。
写真はヤマハギ。町内ではマルバハギとともに、ごく普通に見られます。
月見
旧暦八月十五日は十五夜、九月十三日が十三夜で、月見を行ないます。月見は薄(すすき)や十五夜花(じゅうごやばな)を瓶(びん)に立て、団子やまんじゅう、それに秋の収穫物の柿・栗・里芋・さつまいもなどといっしょに箕に入れて縁側へ供えます。供え物は「盗まれると縁起(えんぎ)がよい」といわれ、子どもたちが盗みにいったものでした。供え物が盗まれることはお月様(神に見立てる)へ進ぜることに通じ、豊作につながるものととらていました。
嵐山町博物誌・写真で綴る嵐山歳事記【祭りと年中行事編】
- ススキ(薄)
- 月見ではこれを稲の穂に見立てて瓶に立てて飾ります。
- シオン(紫苑)……じゅうごやばな(十五夜花)栽培
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庭などに植えられることが多く、平安時代から観賞用に栽培されていたようです。
高さ1〜2mになります。 - カキノキ(柿の木)
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花期は5〜6月で、新枝の葉の腋に淡黄色の花をつけますが、雌花は1.2 〜1.5mm、雄花は5〜10mmと小さいため、あまり目立ちません。
果実は10〜11月に黄赤色に熟します。果実を食用にするほか、未熟な渋柿を発酵させて柿渋を取ったりします。 - クリ(栗)
6月ごろに香りのある白い花が咲きます。花の穂の先の方にかけて多くの雄花がつき、基部に雌花が数個つきます。
クリの実は、雌花の総苞片(そうほうへん)が生長したイガに包まれています。- サトイモ(里芋)栽培
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食用にするのは、親芋と呼ばれる大きな塊茎やその周りにできる小さな塊茎の子芋です。
右の写真は子芋。
秋の七草
春の七草に対比される秋の七草は、万葉集で山上憶良が歌に詠んでいます。
「秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびおり) かき数ふれば七種(ななくさ)の花」
「萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花」
尾花はススキのことです。これを月見のときに名月に供えるように、七草それぞれ祭祀に関係をもっています。
- ヤマハギ(山萩)……萩の花
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萩はマルバハギ、ミヤギノハギ、ヤマハギなどの総称です。
写真はヤマハギ。町内ではマルバハギとともに、ごく普通に見られます。 - ススキ(薄)……尾花
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ススキの穂は、小さな花の集まりです。花には長い芒(のぎ)と言われるトゲ状のものがあります。
葉の縁には固く鋭い鋸歯があり、さわると手を切ることがあります。 - クズ(葛)……葛花
- マメ科でつる性の多年草です。つるの伸びが早く道端の樹木をおおいつくす景色をよく見かけます。紫色の花の穂はよい香りがします。葉の裏面には毛が密に生え、白色をおびています。根からとれるでんぷんを葛粉といいます。
- カワラナデシコ(河原撫子)……瞿麦の花
- 秋の七草の瞿麦(なでしこ=撫子)とは、カワラナデシコのことです。カーネーションやハコベの仲間です。花びらは5枚で先が細く裂けます。
- オミナエシ(女郎花)
- 茎の先端が細かく分枝して、黄色い花を多数水平につけます。同じオミナエシ科には、オトコエシ(男郎花)という名前の植物もあります。
- フジバカマ(藤袴)
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奈良時代に中国から渡来したものと考えられています。葉は生乾きのときサクラの葉のような芳しい香りがあります。
嵐山町では自生が確認できませんでした。 - キキョウ(桔梗)……朝貌の花
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山上憶良が詠んだ「朝貌」とは、本種のことだといわれています。
日当りのよい草むらや林の縁などに生えます。
冬至(とうじ)
冬至は北半球で昼の時間がもっとも短く、太陽の光線がいちばん弱まった状態になり、新暦では十二月二十二日前後にあたります。この日を過ぎると昼の長さが日ごとにのびるので、古くから冬至を祝う風習があります。すなわち、冬至を陽気回復の契機として大いに飲食し、暗澹な気持ちを払拭しようとするものです。冬至には県内全域にわたってとうなす(南瓜)を食べる習わしがみられます。県南部を中心に、「冬至、とうなす、こんにゃく」という言葉が定着しており、北部ではとうなすと柚子になります。
柚子湯。冬至には柚子湯に入ります。柚子は、縁の下に放り込めば邪気を払うといわれています。
嵐山町博物誌・写真で綴る嵐山歳事記【祭りと年中行事編】
- カボチャ(南瓜)……とうなす(唐茄子)栽培
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冬至にカボチャを食べる理由は諸説ありますが、野菜の少ない季節に栄養を補給し無病息災を祈ったようです。
写真の花は雄花。 - コンニャク 栽培
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コンニャクの地上部は毎年秋に枯れ春に芽を出す一方で、地中のコンニャク玉は年々太ります。
5、6年経つと、写真の様な花が咲きコンニャク玉は小さくなってしまいます。 - ユズ(柚子)栽培
- 関東地方以西で広く栽培されます。4〜5月ごろに白い花をつけ、果実は薬味として料理などに使われます。