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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第4節:今昔話・伝説

郷土の今昔[安藤専一]

十三、舳【兵】取神社奉額句集のこと

 床屋文学と称されて大衆化した発句(ほっく)が、農山村に全勢を極めたのは明治二十年(1887)以降のようである。当古里においても発句熱が挙がり課題に結び字入、戀ごと読込などし、又また時々発句角力までして夜晩くまで過ごしたようである。
 その頃古里屋根を中心にして廿数名の発句愛好者がおり、幽雪庵、松静亭松月、野守亭古州(後に俵雪庵、安藤専一祖父)、喜楽亭林鳥、積雪庵喜翠の五名が宗匠格で、外二十名程の同志があった。
 偶々(たまたま)明治廿五年(1892)夏の句会において会名を穂揃連と命名することに決し、この結成記念に字の鎮守舳【兵】取神社奉額句集を大々的に募集することとなった。そして松月、林鳥、古洲の三名を発起人に推し、九月より大量のちらしを用意して募集に取りかかった。
 四季混題三句組合せの部は夜雪庵金羅(東京)、春秋庵有極、可布庵茂翠の三宗匠を、兼題四季花鳥二句合せの部は藤楽亭、積雪庵宗匠に撰者を依頼することになった。
 開巻は廿六年(1893)秋、句稿〆切は同年三月末、出句整理は四月、五月中、四季混題は各撰者とも十三句、課題句は各八句入選のこと、撰者の撰句完了を七月、八月末までとする等のことを協定する。
 このちらしは広範囲に配布され、句稿は吉田、越畑、志賀、遠山、大蔵、福田、小江川、塩、板井、本田、畠山、富田、牟礼、赤浜、鉢形、笠原、腰越、小川、月輪等約二百数名の有志から、四季混題2400句、兼題300句、計2700句に及ぶ大量の出句があった。
 明治廿六年(1893)八月までに各宗匠からの撰句が終了し、奉額調成、奉額の揮毫、奉額開巻当日の準備等に追われ、、予定よりやや遅れて十二月廿四日奉額記念式兼開巻行事が執行された。
 当日地元来賓五十二名、穂揃連全員二十六名、他村出句者十数名が参加して盛大な記念行事であったという。
 この行事に用した諸経費の収支は次の如く記録されている。

一、収入
  入花金   拾七円八十八銭
  企三人出金 九円五十四銭
  雑収入   一円五十五銭
       計二拾八円九拾七銭
一、支出
  額面板代金  六円四拾六銭
  外購入品一切 拾八円廿貮銭
  雑費     弐円五拾銭
       計貮拾七円拾八銭
  差引残金壱円七拾九銭
       (穂揃連会計繰入れ)

 奉額には宗匠撰句別に、左記の如く五十五句を記載し、最期に催主三名の名前を記入してある。額面は現在既に八十数年を経過しているため文字消失せて殆んど不明となってしまった。

   舳【兵】取神社奉額句集
春秋庵有極宗匠撰
 若竹や石をうごかす根の力    古里 友鴻
 凩や何所から吹いて何所を果   勝田 池水
 百尊の風呂を馳走や菊の主    吉田 一暁
 馬の舌洗ふ水あり夏木立     吉田 林遊
 殺された碁石の生きる日永かな  笠原 芳翠
 神の留守子供泣かすな馬肥せ   日陰 喜水
 鈴の音も澄むみ社や松に蔦    勝田 如昇
 松陰のうやうやしさよ神日の出  須賀広 喜楽
 たしなみは女子の常ぞ針供養   月輪 佳月
 知っている道聞き寄るや□凧   吉田 林遊
 明日のあるやうには見えず花の人 安戸 花楽
 先へ行く人に追ひつく清水かな  小川 丸見
 喰もする様にそそぐや苗の泥   五明 小水

可不庵茂翠宗匠撰
 杜若咲いて傘を開きけり     古里 一花
 馬の舌洗ふ水あり夏木立     吉田 林遊
 初花と云ふ内後も咲にけり    吉田 一暁
 寝惜しさや客と戻りて月の庵   牟礼 梅志
 神の灯に餅搗く音の届きけり   日陰 尊逸
 何もなき空に隠るる雲雀かな   勝田 如昇
 袴着や流石家柄育ちがら     遠山 其水
 笑み口を小鳥の覗く柘榴かな   羽尾 かおる
 来てしばし何も思はず花の中   瀬戸 柿国
 首ひねりくちは呑む新酒かな   本田 助扶
 筆おいてしばし無言や月の客   唐子 研酬
 額づけばおのすと涼し神の前   小川 最鯛
 持ち替て手の水切るや杜若    神戸 靖朝

夜雪庵金羅宗匠撰
 魂を花に預けて遊びけり     古里 善翠
 舳【兵】取社の御鏡清し今朝の春    古里 一花
 経た年の知れぬ齢や松の花    古里 古洲
 朝寒や暖かそうな舟の飯     赤浜 鵑月
 豊年となるや穂揃ふ稲の出来   赤浜 茂理
 雨を呼ぶ木のふところや枝蛙   須賀広 柳川
 一八やおらの家作は甚五郎    瀬戸 柿白
 寝る顔は狸ではなし春の雨    富田 其山
 綿入ぬいで人も身軽し蝶の椽   神戸 一い
 袴着や末は武門の名取草     赤浜 自黙
 豊年や馬の引ずる稲の丈     古里 大洲
 霧晴や生れたやうな二夕子山   須賀広 喜楽
 酒吹いて焙る鞁や春の雨     月輪 佳月

藤楽亭先生撰
 天、穂揃の披露目出度し稲の花  古里 一花
 地、雨の萩起して直路教へけり  古里 古洲
 人、雪よりも重き雫や萩の花   古里 一花
 外、山吹や棚田へ落る水の音   越畑 雨水
 外、山雀や知恵の輪潜る身のこなし中尾 一風
 外、日の昇る迄なり蓮の花見舟  越畑 嘉静
 外、嬉しさの餘る羽音や放し鳥  古里 春鳥
 外、羽に首隠して鴨の浮寝かな  塩 花山

積雪庵善翠宗匠撰
 天、塩釜の煙正しや鳴く千鳥      学之
 地、鳴きこぼす垣根の雪や時鳥  古里 梅花
 人、筆塚もある御社や 梅の花  大蔵 五風
 外、降る雪も雫となりぬ梅の花  古里 春鳥
 外、女子さへ馬曵く里や閑古鳥  古里 一豊
 外、雨の萩起して直路教へけり  古里 古洲
 外、乳を握る児の手冷たし厂の声 古里 一花
 外、山迫る須广の浦辺や 時鳥  古里 林鳥

     明治廿六年拾弐月廿四日
         催主 松静亭 松月
            喜楽亭 林鳥
            野守亭 古洲

               昭和四十五年(1970)二月記

安藤専一『郷土の今昔』 1979年(昭和54)1月
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