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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第4節:今昔話・伝説

郷土の今昔[安藤専一]

七、五穀豊穣を祝い天災疫神を払うささら獅子舞

 大字古里兵執神社奉納のささら獅子舞は、毎年十月十八、十九日の同社秋季例大祭に行われる。
 演目として堂浄古根古、場ならし、穏平掛り、花掛り、女獅子かくし、駈け出し、神楽の六場面に分れているが、始めから花掛りまでが初庭、女獅子を中心とする後部が二庭に大別できる。初庭の始めに四人による棒術が行われ、演舞場を祓い清める。初庭では

子どもたち、ささらが見たくば、いたこうなあよ。いたこの上には天狗廟所なあよ

の歌詞からはじまり、六つの歌詞が演技中に織りこまれている。
 二庭の女獅子かくしの歌として、次の五つが挙げられている。

○思いもよらぬ朝霧が立つ、そこで女獅子がかくされたよな。

三頭仲良く遊び戯れているうち不意に花笠が四方から寄り集まって、女獅子をかくすときの歌である。狼狽した男獅子二頭は、花笠の四周を狂気して探し廻る。その内若い男獅子が女獅子を発見して、花の間に入って互いに睦み合う。大頭獅子はこれを知って嫉妬し、男獅子二頭の争いとなる。
花笠が四方に散って女獅子が外に出ると、

○風がかすみを吹き散らし、そこで女獅子が肩並べた。
○松山の松にからまるつたの葉も、縁が切れればほろりほとほぐれる。

両獅子は争いを止め、お互に怒りの心をほぐして、以前のなごやかさに戻る。

○山がらが山があいとて里に出て、ここのお庭に羽根やすませる。

そして最後の神楽移り

○雨が降りそで黒雲が立つ、おいとま申していざこうらんせ。

の歌詞で演技を終るのである。
 以上歌詞の多いことが、この獅子舞の一特徴であるが、その演技内容はいづれの場合もほぼ同一のものと考える。
 なお、この獅子舞は隣接八和田神社へ隔年奉納することとなっていた。

 入間比企方面から北足立の一部にかけて行われる獅子舞の特徴の一つは、曲目が二つから構成されているといわれる。
 越畑八宮神社奉納の獅子舞もその例にもれず初庭と二庭の二曲からなり立っている。

○参り来てこれのお庭を眺むれば、黄金小草が足にからまる。

 初庭はこの歌詞が主題となって演技される。四本の花笠は百花咲き乱れる春の野を表現するもので、その中に獅子三頭三つ巴になって笛鼓の音にのり楽しく舞い遊ぶ場である。

○この宮は飛騨の匠(たくみ)の建てたげな、楔一つで四方かためる。

 二庭の中心歌詞である。初庭の明るい舞から、雄獅子雌獅子をめぐって織りなす葛藤へと発展する、雌獅子争いの物語であるが、いつしか和解できて千秋楽となる。
 獅子舞の外に四人の棒使いがおり、演技の始めに棒術を行なう。これはいずれの獅子舞においても行なわれるもので、演舞場を祓い清めるためのものと思われる。
 最後に中立ち(道化役)であるが、これは演技の指導者で、経験者の元老格でなければ中々務まらない。
 この外万燈持ち、ホラ貝、先払(露払)、頭笛、笛吹衆、等の諸役があり、この人たちが結集して演技が成立するのである。
 毎年七月二十五日(旧六月二十五日)の祭礼には、豊作・疫病除け、雨乞い等の祈願のためこの獅子舞が奉納され、氏子一同を喜ばしている。

安藤専一『郷土の今昔』 1979年(昭和54)1月
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