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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第4節:今昔話・伝説

広報に掲載された嵐山町の伝説

きかず薬師

田幡林太郎氏 談 藤野豊吉 収録 
 川島に花見堂という所があります。その中に薬師堂がありますが大分古いので今にも倒れそうなので、大きな木の「ツカエ棒」で、ささえています。目の病気のとき、この薬師様をおがむと、忽(たちま)ちなおってしまうといいます。
 今から三百年も古い昔々のお話です。太郎兵衛さんが朝早く川の端を通りますと、「太郎兵衛…太郎兵衛…」と呼ぶ声がします。
  太郎兵衛さんはまわりを見廻しましたが誰もおりません。おかしな事があるなあと思いながら歩き出すと、又「太郎兵衛、太郎兵衛」と声がします。太郎兵衛さ んは今度は上の方を見ました。声が上から聞こえたような気がしたからです。その時、赤い朝日がサッと目の前の木を照らしました。太郎兵衛さんは、そこに金 色に輝く薬師さまが木の枝にひっかかっているのを見ました。アッと思った瞬間、「太郎兵衛、助けて」と薬師様がいいました。「ああッ、薬師様あ、今おろし てあげます」と太郎兵衛さんは早速、枝にかかっている薬師様をおろし、大事に抱えてお家へ帰りました。そしてお座敷へ飾ってお線香をあげました。
  太郎兵衛さんは、その日から、とても一生懸命働きました。朝は暗いうちから起き出して仕事をはじめ、夜はみんなが寝る頃まで働きました。おかげでたくさん お金がたまりました。そのお金で立派な薬師様のお堂が出来たのです。太郎兵衛さんは、毎日お堂へ行って、薬師様をおがみました。川島の人達も太郎兵衛さん にならって、薬師様をおがんだので、みんな丈夫で楽しいくらしをしたそうです。
 薬師様を木の枝からおろし、太郎兵衛さんのお家はまつったのが、旧暦の九月みそか、その月の一番終りの日だったので、その日を縁日ときめ、今でもその日をお祭りの日にしています。
  それから薬師様は木の枝にかかっていたので、「木がかり薬師」とみんなが言っていたのが、今ではどうしたことか、「きかず薬師」というようになりました。 なお、太郎兵衛さんの薬師様を見つけたところを「古い薬師」といい、薬師様の別名を、「つんぼう薬師」「目の薬師」とも言っています。

解説

 仏教の伝説には、私達の心にじっくり浸み込むようなもの が多い。特に、木がかり薬師さまは長野の善光寺の伝説に似たところが、あるのに心打たれる。善光寺のことを簡単に記すと“なにわ”の堀江を通りかかった善 光は、川の中から「善光、善光」と叫ぶ声に川の中をのぞくと金色に光るものがある。川の中に入って抱え出すと仏像だったので、善光はきれいな水で清め、ま つる場所を探して長野まで来た時、重くて動けなくなって、そこにまつったと言われる。
 田幡さんから、お話をきいてから丁度一年、今度は、この報道を見ながら子供に読んできかせられるように書いて見ました。従って田幡さんの話から少々ずれたかも知れないがお許しを願いたい。

『嵐山町報道』262号 1976年(昭和51)10月20日掲載
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