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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第7節:七郷村郷土研究(抄)

第二編 郷土研究

第五章 七郷村の觀察

第九節 七郷村の宗教

觀察要項

1 如何な神社、佛閣があるか。
2 一番勢力のある寺は何か。
3 僧侶は如何に村の為につくしてゐるか。
4 最も多くの信仰を受くる神社は何か
5 神官は多くの信仰の神社は何か。
6 神社、宗教の起った歴史。

神社

 本村に於ける神社總數は村社十二、無格社二十六、鎮座してゐるけれども國寶什寶等を有するものはなく且つ無格社は多く其の大字村社に合併せられ只大字吉田に於てのみ之れが合祀をなさざるのみ、然して其の祭典儀式は春秋二期に之れを行ふものとなってゐる。今下に各社の祭神及由緒を記さう。

a 村社 八宮神社

大字越畑字日向
祭神 素盞鳴尊
氏子 八十八戸
由緒 勸請人皇四十七代聖武天皇の御宇と申す、其の後承平年中経基公関東征討の節此処に祈願し遂に八ヶ所に之れを祭ると云ふ。

b 村社 八宮神社

大字杉山字清明
祭神 健速須左之男命。大巳貴命、稲田比賣命
氏子 五十二戸
由緒 往古勸請四十五代聖武天皇の御宇と申す、其の後六十一代朱雀院の御宇天慶二年十二月(940)(てんぎょう)平将門関東にありて謀反を起し朝意に叛く此の時六孫王経基公當村の旧城に御出陣在って藤原秀郷平貞盛をして當國の精兵を募り将門を討つ時に陣中疫癘流行し斃者不少依て社頭に於て朝敵征討疫癘消除のため御意願有之霊験著しく反賊惣ち伏誅し疫癘頓に癒ゆ依って経基公再び當社を修繕し四方四維の村落に祀って八宮神社と號し法施として仁王會六萬部御修行有之今に六万塚六万板と申す所あり城跡も僅に存す。此の言審ならずと雖も傳ひ来り今も春秋両度の祭典をなし皇國安全の祝詞を奉ず。

c 村社 八宮神社

大字廣野深谷
祭神 健速佐之雄命
氏子 五十五戸
由緒 不詳

d 村社 鬼鎮神社

大字廣野字天沼
祭神 衝立久那止命、八衝比古命、八衝比賣命
氏子 二十三戸
由緒 壽永之壬寅年(1182)勧請現今の社殿は嘉永五壬子年(1852)閏二月再建従来村社

e 村社 六所神社

大字吉田字宮山
祭神 大巳黄命
氏子 四十戸
由緒 壽永二年(1183)九月十五日創立

f 村社 峯野神社

大字吉田字陣屋東
祭神 大山秪命
氏子 二十一戸
由緒 慶長五年(1600)折井市九右衛門源次忠の創立

g 村社 手白神社

大字吉田字宮田
祭神 手白香姫命
氏子 十一戸
由緒 天治元年(1124)(てんじ)九月十五日創立

h 村社 五龍神社

大字吉田字西ノ谷
祭神 高龗命
氏子 八戸
由緒 建長七年(1255)九月十五日創立

i 村社 白山神社

大字吉田字清水
祭神 大山秪命
氏子 六戸

j 村社 ■執神社

大字古里字中内出
祭神 武甕槌命
氏子 八十四戸
由緒 不詳

k 村社 淡洲神社

大字太郎丸字午
祭神 豐玉姫命
氏子 二十三戸
由緒 本社由緒書は慶應二寅年(1866)秩父地方より亂民蜂起し或は放火する際紛乱焼失せるを以て其の詳細を智に由なし傳に云ふ所に依れば大化年中に至り尚又再建せるものなりと云ふ即ち棟札に元録八子年(1695)九月吉辰と記載しあり現存の社宇即ち之れなり。

l 村社 淡洲神社

大字勝田字前廣地
祭神 保武田別命 息長足日賣命 武内宿禰
氏子 三十四戸
由緒 寶永年中(1704-1710)中宮建立 其の後文化年中(1804-1817)上屋建立

A 無格社 浅間神社 大字越畑字富士山

祭神 木花開夜姫命
氏子 八十八戸
由緒 不詳

B 無格社 雷電社 大字越畑字幡後谷前

祭神 大電神
氏子 八十七戸
由緒 不詳

C 無格社 神明神社 大字越畑字柳原

祭神 伊邪那岐命
氏子 九戸
由緒 不詳

D 無格社 社宮司社 大字越畑字社宮司

祭神 稲蒼魂命
氏子 十二戸
由緒 不詳

E 無格社 山神社 大字越畑字後谷

祭神 大山秪命
氏子 八十八戸
由緒 不詳

F 無格社 大天獏社 大字越畑字下串引

祭神 別雷命
氏子 三戸
由緒 不詳

G 無格社 八大社 大字越畑字大堂

祭神 櫛八玉命
氏子 九戸
由緒 不詳

H  無格社 八幡社 大字越畑字清水

祭神 品陀別命
氏子 五戸
由緒 不詳

I 無格社 榛名神社 大字越畑字深谷

祭神 苛稲田姫命 速須佐之男命
氏子 五十五戸
由緒 不詳

J 無格社 琴平神社 大字廣野前同所

祭神 崇徳院
氏子 五十五戸
由緒 不詳

K 無格社 天視神社 仝前

祭神 天照皇大神宮
氏子 五十五戸
由緒 不詳

L 無格社 八坂神社 大字廣野字天沼

祭神 須佐之男命
氏子 二十三戸
由緒 元治甲子年(1864)六月勧請上野國新田郡世良田村鎮座八坂神社分神霊なりと。

M 無格社 巌島神社 大字吉田字宮田

祭神 弁才天命
氏子 十一戸
由緒 天正三年(1575)四月創立

O 無格社 天神社 大字古里字中内出

祭神 菅原道實
氏子 八十四戸

P 無格社 愛宕神社 大字古里尾根

祭神 大産霊命
氏子 八十四戸
由緒 不詳

Q 無格社 天神社 大字古里字尾根

祭神 素盞鳴命
氏子 八十四戸
由緒 不詳

R 無格社 稲荷神社 大字古里字清水

祭神 稲蒼魂命
氏子 八十四戸
由緒 不詳

S 無格社 八幡神社 大字古里馬内

祭神 品陀別命
氏子 八十四戸
由緒 不詳

T 無格社 日枝神社 大字古里藤塚

祭神 大山昨命
氏子 ナシ
由緒 不詳

U 無格社 小女郎神社 大字古里上耕地

祭神 拷幡千々姫命
氏子 ナシ
由緒 不詳

V 無格社 菅原神社 大字太郎丸字午

祭神 學大神
氏子 二十三戸
由緒 不詳

W 無格社 稲荷社 仝前

祭神 稲大神
氏子 二十三戸
由緒 不詳

X 無格社 巌島神社 仝前

祭神 市杵姫命
氏子 二十三戸
由緒 不詳

Y 無格社 天神社 大字勝田字菅原臺

祭神 菅原道實
氏子 三十四戸
由緒 寶永年中(1704-1710)、中宮建立。文化年中(1804-1817)、上屋建立。勧請年月不詳。明和二年(1765)旗下岡部某鳥居建立。尚明治再建。

Z 無格社 鹿島神社 大字勝田字前

祭神 武甕槌命
氏子 三十四戸
由緒 享保年中(1716-1735)中宮建立。其の後文政年中(1818-1829)上屋建立。勧請年月日不詳。

寺院

 本村寺院総数十八個寺にして國寶什寶の類を藏するものない。然して法會の如きは各宗派の方式に依り毎年八月十四、五日の頃一回、各檀家を集めて法會式を擧行し其の他は随時之れを行ふ。今寺院宗派別並に佛堂を表出すると、
 曹洞宗 六
 天台宗 二
 真言宗 一
 薬師堂 一
 観音堂 二
 地藏堂 二
 釋迦堂 一
 阿彌陀堂 一
で各寺院佛堂の明細を次に記さう。

a 曹洞宗 寶薬寺 大字越畑字大堂

本尊 釈迦牟尼佛
東西二十三間、南北二十八間、面積三百八十三坪にして本村大字廣野廣正寺末派なり。元和年中(1615-1624)僧南叟玄壽開基創立す。

b 曹洞宗 廣正寺 大字廣野字寺台

本尊 阿弥陀佛
東西四十間、南北五十間、面積千八百六十九坪。曹洞宗武蔵國比企郡松山町大字市ノ川永福寺末なり。村の西北にあり。慶長十巳年(1605)麾下高木九助廣正開基創立す。

c 曹洞宗 宗心寺 大字吉田字馬場

本尊 釈迦牟尼佛
東西三十一間、南北五十一間、面積千六百六十五坪。村の中央民有地にあり。曹洞宗宮前村中尾慶梹宸フ末派なり。文禄三年(1594)元地頭折井市左衛門次忠開基僧雲哲を開山となす。

d 曹洞宗 重輪寺 大字古里字神傳田

本尊 地藏菩薩
元重林寺と書せり。曹洞宗上野國群馬郡白川村瀧澤寺末慶長二年酉年(1597)九月開山と称傳せらる。

e 天台宗 積善寺 大字杉山

本尊 阿弥陀如来
當山は人皇第百五代後柏原(ごかしわばら)院の御宇大永五年(1525)の創造にして、東西二十間、南北十三間、面積弐百七十八坪。天台宗男衾村赤濱普公寺の末派にして祐源阿闍梨の開基なり。本尊は開祖則ち自ら調刻し給ふ尊像なり。其の原因を尋ぬるに城跡の山腹に清泉あり。往昔根本大師福聚金剛此処に於て金光明経廣説し給ふ聖地なりと云ふ。彼の至徳に慣れて源阿闍梨、爰に一宇の精舎を建立し、阿弥尊躯を安置し國家安穏萬民豊楽のために金寶山王の法會を修行し給ふ霊地なり。故に福王山泉明院積善寺と称す。

f 天台宗 瀧泉寺 大字古里字中内出

本尊 阿弥陀佛
勧請年月不詳。只江戸山王社別當觀理院末金剛山金洲院と云ふ。開山の僧は貞治三年(1364)(じょうじ)十月示寂せしといふのみ。其の名又詳ならず。當寺元は光明を祭ると。

g 真言宗 勝福寺 大字勝田字菅原臺

本尊 阿弥陀佛
東西三十三間、南北十五間半、面積五百十八坪。新義真言宗男衾郡富田村不動寺の末派寶藏山と号す。開山祐尊万治元年(1658)九月十六日示寂すと云ふ。

h 薬師堂 大字越畑字大堂

本尊 薬師如来
東西九間、南北十六間。面積百三十七坪。西隣して寶薬寺と竝び薬師は行基の作なりと云ふ。勧請年月不詳。

i 薬師堂 大字杉山

本尊 善名称吉祥王如来
東西十七間、南北十八間、面積二百七十三坪。村の東端にあり。薬師十二神を安置す。創立年暦不詳。

j 薬師堂 大字廣野字寺臺

本尊 薬師如来
東西十九間、南北十八間、面積二百坪。創立年暦不詳。

k 薬師堂 大字古里字中内出

本尊 薬師如来
間口二間、奥行二間五尺の堂宇内に安置す。由緒不詳。

l 観音堂 大字杉山

本尊 十一面観音
東西五間三弱、南北四間、面積二十四坪。村の東南隅にあり。創立年暦不詳。

m 觀音堂 大字吉田字中谷

本尊 十一面正觀音
寛永十一年(1634)三角坊の開基創立なり。

n 地藏堂 大字廣野字寺前

本尊 地藏菩薩
堂宇は間口二間、奥行三間三尺にして境内坪数二十三坪を有す。天明五乙巳年(1785)六月廣正寺梵光和尚安置し奉る。

o 釈迦堂 大字吉田字三反田

本尊 釈迦牟尼佛
天明元年(1781)荒井甚平の創立にして後宗心寺へ寄附す。堂宇は間口三間、奥行三間一尺にして境内坪數百十一坪を有す。

p 阿彌陀堂 大字吉田字前

堂宇は間口二間三尺、奥行四間を有し境内坪數百九十二坪を算す。寛永二年(1625)九月十五日の創立なり。

q 曹洞宗 金泉寺 大字越畑字大堂

本尊 阿弥陀如来
東西二十七間、南北二十二間半、面積百三十七坪。位置は寶薬寺と同所にして該寺の西方にあり。年代開基創立共に寶薬寺に同じ。

r 曹洞宗 藏身庵 大字杉山字豊岡

本尊 地藏尊
東西一町、南北十間、面積二百五十一坪にして比企郡大谷村宗悟寺の末派なり。寛文年間(1661-1672)創立すと云ふ。其の後衰微せるを以て天明二壬寅年(1782)の春庵主梅光中興す。村の西方にあり。

七郷尋常高等小学校(板倉禎吉編)『郷土研究』(嵐山町立七郷小学校蔵)
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