第6巻【近世・近代・現代編】- 第9章:戦争
比企郡七郷村青年団『青年団報』第2号 (1939)
秋の夜
杉田善作
銃後の務めにつかれし足を宿し晩餐を済(すま)し一家団欒に更ける秋、いつも賑やかに時を訪れる数々の虫の音、落ちし夜露に体をしとらせ気持よささうに自由の天地とばかりに泣き競って居る。
比企郡七郷村青年団『青年団報』第2号 1939年(昭和14)12月
これは草むらの影で泣いて居るのだ。空には一片の雲も無く大正無数の星が光をはなって居る。晴れし夜空の元、そよそよと黄金の波を辿(たど)って来る涼しい夜風に、いつしか自己をも忘れんばかりの心地良さ。嗚呼何んと云ふ楽土、七郷なのだ。しかし今までの心は一掃され、楽土を後に遙か遠くの彼の地で悪戦苦闘、友の労苦を偲び、実りし秋の成績を、又故郷のニュースを鈴虫の便りを、書いて行くペンは自然と便箋をすべって居る。前線の將氏よ竹馬の友よ、多幸と武運長久を祈りつつ、一夜の連想に心をかたむけ空想は又古里の便りは便箋に綴られて行く。こうした頃は東は白らみ、日は一寸、二寸、五寸、一尺と木立の影を昇って来る。我が心も踊って居る。やがて日は冴えて光々とおりし白露を輝かせ始めた。此の時、我が心は一層の元気にみえ、希望も満つる。嗚呼、我等青年は勇躍萬里の波濤(はとう)を拓(ひら)いて、天下の富嶽の安きに置く者、吾人、我等を外(ほか)にして断じて他に求むべからずとの自尊的信念と気魄(きはく)とを胸中に抱きながら、將氏の武運長久と逝きし勇士の冥福を、すみし秋の夜空に固く誓ひながら、心の底で万歳を唱へた。愈々時間の波に漂って眠瞼もたれて来た。芳香に一生を埋むる野人もこうして秋の夜の一夜、一夜を楽しく且つ意義深く送り行く。自然の音律も次第にうすらへで来た。