第6巻【近世・近代・現代編】- 第9章:戦争
比企郡七郷村青年団『青年団報』第2号 (1939)
郷土の便り(古里)
千野信吉
秋風衣の袂(たもと)を払ふとは昔のことでせう。
比企郡七郷村青年団『青年団報』第2号 1939年(昭和14)12月
今は全く夏から秋になるのもわからぬ忙はしい世の中です。唯何んと言っても秋の一番嬉しい知らせが有ります。それは黄金の波です。にへかへる田の草を幾度か続けて今は全く文字通り黄金の波……全く嬉しい、稲田を一廻りすると涙を催します。
事変下国家の要求する物は生産確保です。今年は、何に到しても豊作でせう。我が村でも相当の労力不足は生じましたが銃後青年の意気百倍良く百姓の本分を到して来た次第です。いよいよ麦まきの仕度もせんけりゃなりません。肥料は相当の不足は充分心にして、堆肥の増産を行ふ他有りません。
心を戦線の勇士に転じますれば、我等農村青年は秋の農家を何と知らせませう。
先づ銃後の此の郷土は全く安全です。安全とは一に豊作、二に天気、三に増産、四に自粛、五に全村一心国策通り。秋の農家は実に人生最大の幸福を覚います。
虫の声を聞きつつ、星天の中透き通る様な月をながめつつ、今年は米は六俵取れるかな、七俵かなと。晩秋蚕は十円、十二円、十五円?……。夕食中の一家の笑声は秋の農家の代表言葉でせう。
秋の農家は実に気持良い。(未完)