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第6巻【近世・近代・現代編】- 第8章:女性の活動

第1節:婦人会

菅谷婦人会『しらうめ』第16号1996

千曲川を旅する

            菅谷八区 西沢洋子

 我家では夫がテレビや本で見る「野田知祐」の世界に魅せられ、いつかやりたいやりたいと思っていたカヌーに挑戦する気になり三年くらい前にカヌーを買い込みました。藤田カヌーのファルトボートというのでしょうか。組立式で大きな二つの荷物に折り畳んで車のトランクにスッポリです。畳んだカヌーは大きいリュックみたいに背負う形になります。
 野田知祐は犬を連れて楽しむが我家では犬の代りに私を前に乗せ・・・つまり二人乗りです。「全国カヌーツーリングガイド」を手に千曲川に五月の連休に挑戦という事になりました。
 第一日目は関越の塩沢石打インターで降り中里村清津峡を抜けて飯山市へと向かいました。宿に着く前に川の下見をする事が今日の大事な仕事です。本をコピーした地図を見乍ら川の流れを確かめます。流れの速さ、本の通りに瀬があるか、古い橋を取り壊した橋げたがこの辺に残っている筈等々。何故千曲川のこの辺りを選んだかというと流れが初心者に向いている事、川と車道と鉄道が近くを走っていて車を走らせ乍ら川を見下ろせるからです。時々車から降り橋の上から川を見下ろし瀬の流れを確かめ、この橋の下は右よりを通ろうかとかチェックしておきます。なにせ二百メートルから三百メートルもある川巾なので―。下見が終わり途中にある飯山城跡に立ち寄り散歩がてら飯山城について歴史も勉強しようやく野沢温泉の宿へ。若夫婦がやっている民宿でしたが料理も凝っていて心のこもったもてなしとセンスの溢れる素敵な宿でした。
 翌朝、宿で作って頂いたおにぎりと、カヌーに必要な道具を詰め込みます。防水の上着(寒さ防ぎにもなる)足にはく水専用の足袋、ライフジャケット、コーヒー、カメラ等々。コーヒーは途中で岸に上がりお弁当の時、沸かして飲むつもりです。そして七時出発。舟をどこの岸に着けるか、どこに車を留めるか昨日確かめておいた場所迄直行、そして歩いて二、三分のJR飯山線「桑名川駅(無人)」まで荷物をかつぐ。勿論流れ着く場所は駅に近い所を選びます。七時四十分発長野行に乗り上流の「はちす駅」まで四十分位かかったと思います。そして川迄来ると昨日上から見た川と違い余りの雄大さにちょっとたじろぐ。舟に直角にオールを置きそれにしっかりと手でつかまり均等にバランス良く体重をかけ、一人ずつ一気に乗り込む。未知の世界へいざ出発!
 五月の流れは雪どけの水で手を入れられない程冷たい。周りを見渡せば千曲川の両岸には黄色の菜の花畑が鮮やかにあちこちに広がり、野良仕事の人達がこれからの種蒔きの準備なのか煙を上げ乍ら畑を耕している。その向こうに小高い丘が有り桜の花が点々と咲き、その又向こうに雪を被った信州の山々、遠くにかすむ上越の山々、こんな風景の中をのんびりと川を旅していく。「腰巻橋」のたもとをスタートに七つの橋をくぐり、それぞれ特徴のある眼鏡のような橋、赤い橋、つり橋等々ですが川より見上げる橋もなかなか魅力的です。昨日立ち寄り川を見下ろした飯山城趾も今日は川から見上げる事になりました。そして菜の花祭りで賑やかな部落も通過しました。幾つも淵があり幾筋も川の流れが分かれていてどこを通るか、水鳥の居そうな所とか、流れがきついからさけようとか、本で調べた事を参考に進む訳ですが、今でも忘れられないのは昨日橋の上から見た時はさほどの瀬ではなく白くサラサラと見えた所ですが、なんと海に突入したのかと思う程大きな波と流れで二百メートルもある川幅に四つ位の瀬があるのです。思わず「ワッーーどこへ入るの?どこ?どこ?」とわめいてしまいました。「左から二つ目だー突っ込めェー!」後ろで怒鳴る声、瀬の音が「ザアーザアー」と激しい中を「行くわヨーソレ!ソレ!」「コゲ!コゲ!」と二人で声をかけながら必死でオールを動かしました。流れの緩やかな所は手を休めのんびり流れに任せ一息するのですが流れの激しい所は一気に通り抜けないと波に飲まれてしまいます。スピードを出し舟が横向きにならないように必死で通り抜けます。まさに水面と同じ位置に自分がなる訳でザブンザブンと前に乗っている私に波が覆いかぶさって来ます。目も開けられない程大きな波にぶつかり乍ら百メートル位は有るでしょうか、ようやくの事でここを切り抜けたと思うと、今度はカーブの所の瀬にぶつかり「あーもう駄目―!」と思わず大声を張り上げてしまいました。大きな波に立ち向った為下半身がビショヌレで(水が入らない為の道具を忘れた)昼食は全行程が終わって着替えてからという事になりました。岸に上がり、まず着替えてから舟を解体し、昼食の間、陽に干してからトランクへ。宿に戻り、野沢温泉街をプラプラと散歩し、その日は終り。
 三日目は車を飛ばし鬼無里迄水芭蕉を見に出かけそして帰路へ。今回の千曲川は四十キロ四時間の行程で七つの橋をくぐりました。我家のカヌーは奥多摩の辺りで見かける激流用のと違いチンタラチンタラ遊ぶもので殆ど「沈」する事はなく今迄ひっくり返った事は一度も有りません。安全に出来ているのですが岩にぶつかるとやっぱり多少弱いようです。この年令でニュースになるのはゴメンですから良く場所を選び静かに遊ぶことにして居ります。
 何と言っても川下りで楽しいのは途中岸に上がってラーメンを作りコーヒーを沸かして雄大な景色の中で食事をしたり水鳥と会話をしたり(カモ、サギ等々)、釣をしたり、岸辺に咲く山野草に感激したり、日頃走っている車道や橋を角度を変えて下から見上げたりという事でしょうか。夫は今、四国の四万十川に挑戦したいと夢見ている様です。一緒に行ける仲間が居ればもっと楽しいのですがどなたかやってみたいという人は居りませんでしょうか。

菅谷婦人会『しらうめ』第16号 1996年(平成8)3月
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