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第6巻【近世・近代・現代編】- 第7章:文芸・学術・スポーツ

第1節:俳句・短歌

短歌

山下たえ『われに詩あり』1

四季折々のうた

遠山の 影穏やかに 映しえて
       我が家の庭も 春の訪れ
何気なく 西風に乗る 梅の香に
       心和みて 朝日拝まん
紅梅の 放つ香りに 誘われて
       用無き道を 歩み居るなり
山鳩の 鳴く声聞きて 今朝の窓
       山影遠く 雨に煙りて
散歩して 春の名残の 鶯が
       青葉隠れに 細々と鳴く
待ちどおし やっと開いた 桜花
       散りゆく花の 儚さ覚ゆ
畦道に タンポポの花 見付けたり
       積み取るも惜し 立ち去るも惜
川岸の 桜の開花 遠けれど
       日毎賑わう 若者の群れ
都幾川の 桜堤を 歩きつつ
       大平山は 霧立ちて見ゆ
車座に 花茣蓙敷いた 家族ずれ
       桜堤に 花の饗宴
花茣蓙を 敷いて楽しむ 家族ずれ
       春爛漫の 花の饗宴
晴天の 菜畑に舞う 蝶の群れ
       この世の春を 我がもの顔に
紫陽花の 手毬のような 丸い花
       夏の窓辺に 爽やかに咲く
入梅に 濡れて咲きたる アジサイの
       花の終わりの 紫の色
老いの眼に 優しく映える 朝顔の
       花を数えて 今日も始まる
ひる日中 髪部をたれる 紫陽花の
       そぼ降る雨に また甦る
ゆらゆらと 光の中を 浮游する
       額紫陽花の 薄色の花
雨去って 蕾膨らむ 花菖蒲
       開花待たれる 明日が楽しみ
初節句 夢と希望を 孫にかけ
       強く育てと 空を見上げる
五月晴れ 初孫祝う 鯉のぼり
       泳ぐ姿の なお勇ましく
柔らかき 柳の若芽 濡らしつつ
       降るとも見えぬ 早春の雨
故郷の 木々の緑の 色映えて
       栗の花咲き カッコーの声
蝸牛 角振り立てて 何処え行く
       夕日に淡く 細道残す
ホーホーと 山鳩鳴ける 早苗田に
       大平山の 姿写せり
春の雨 上りて午後の 家並は
       静かにけむる 夕霞かな
春雨や 裏山に咲く 花椿
       赤い毛氈 敷く如く散る
明け放し 朝の窓辺の 百日紅
       萌えて明るき 我が家の庭
コオロギの 鳴いて知らずに 秋を知る
       居残る蝉の 声も淋しく
コウロギの 声澄み渡る 庭先の
       仄かに照らす 上弦の月
庭先の 鶏頭の花 色ずきて
       日毎美し 秋の夕暮れ
朝夕の 夢の続きの まどろみに
       遠く微かに 蜩の声(ひぐらし)
涼風や 安らぎに聞く 虫の声
       短き夏の 去り行く時節
百日紅 寺の屋根まで 咲き乱れ
       やがて暮れゆく 空を彩る
冷やかな 秋風漂う 秩父路は
       垣根に寄り添い 萩の花咲く
秋淋し 川面に写る 茜雲
       眩く照らす 暮色の夕日
微かなる 羽音聞こえし 赤トンボ
       夕焼け空に 尚赤く染め
三日月の 空に流るる 千切れ雲
       秩父の峰は 夕焼けに染む
色褪せて 雨に打たれる 夕顔の
       花の命の 愛しかりけり
都幾川の 川瀬に浮かぶ 灯籠の
       揺らぐ灯 淋しく送る
賑やかに 頭上に上る 尺玉の
       菊花の光 川面を照らす
盆過ぎて 叢に咲く 萩の花
       秋風うけて 淋しく揺れる
儚しと 見れば儚く 思えども
       鉢に溢れる 草木の花
広がりし 夕焼け雲に 照らされて
       茜に染まる 人々の顔
霧晴れて くっきり咲いた 紫の
       菊美しく 朝露受けて
霜深く いつしかなりて 庭先の
       菊も洋傘 高々と差す
幼子が 親の麦踏み 見習いて
       親は麦踏む 子は影を踏む
取り残す 柿が夕日に 赤々と
       師走の空に 眩く 映ゆる
年の瀬に 静かに降りし 雪の朝
       庭木に積もる 雪景色かな
冬枯れの 川の浅瀬に 浮びつつ
       ほのぼの白く 春を待つ雲


健康を祈りて

幾許も 無き人生を 健康で
       生甲斐求めて 楽しく歩く
幸せを 求めて歩く 人生に
       明日も無事にと 祈る我が身ぞ
点滴の 片腕寒し 秋の夜
       目覚めて毛布 肩に引上ぐ
霧立ちて 大平山の 美しく
       朝の六時の 散歩が楽し
深みゆく 秋を歩いて 川原路
       ススキ花咲く ホッスの様に
健康を 求めて歩く 初霜の
       師走の風に 脚踏みしめて
ひと時の 安らぎ持ちて 読む文は
       我を気遣う 友の優しさ
病院へ 友持ち込みし 新聞で
       安らぎ覚え 心和まん
過ぎ去れば 短く感ずる 入院も
       病める我が身の 長く苦しく
亡き母の 墓参叶ず 病める春
       彼岸過ぎての 退院を待つ
賑やかに お見舞い人の 多かりし
       今日は大安 吉日にして
皆様の 御恩を受けて 生きた身も
       報いる事無く 年は重なる
春の日や 陽炎もゆる 昼下がり
       一人歩きの 幅広き道
病む我を 労る如く 小鳥達
       今朝も来て鳴く 窓辺の木々に
この痛さ 誰に縋れる 術も無く
       胸に聞かせて 神に祈りを
昼間聞いた 遥か彼方の 汽車の音を
       眠れぬ夜の 病床に聞く
陽炎の 燃え立つ春の 昼下がり
       友と歩いて 足取り軽く


人生・我過ぎ越し日々に

改まる 心で先祖に 若水供え
       先ずは家族の 健康を祈る
新年に 家族揃いし 夕食は
       他に勝れる 幸せはなし
生きる世に 望みを捨てず 欲捨てず
       脱線せずに 歩いて行こう
過去言わず 望みも捨てず ほのぼのと
       日々をあしらい 我は老いゆく
若き日に 幼児抱えて 泣いた夜は
       遠い昔の 思い出となる
人生の 出発点に 躓きて
       泥濘み歩いた 若き日忍ぶ
愚かなる 我身をそっと 振り返り
       今日も切なく 唇を噛む
障害の 身で有りながら 親思う
       優しき愛娘に 目頭濡らす
細やかな 夢持つことを 楽しみて
       詩書く手帳 今日も買い置く
腰伸ばし 秩父の山を 眺めつつ
       田植えに年を 重ね来しかな
弟の 妻の付き添い 頼まれて
       病む身見詰めて 眠れぬ夜半を
口ほどに 手足動かぬ 年となり
       何故か無なしく 日々やり過ごす
喜びを 求めて歩く 人生に
       運命悲しき 事のみ多く
俺が俺がと 己を立てりゃ
       丸い世間に 角が立つ
生かされて 我ある事の 喜びを
       心に消えぬ 灯として
苦しさも 楽しさも皆 織り成して
       今は時代の 波に従う
人生の 出発点に 躓きて 我が子育てを
       夢中で 生きた  (先夫に先立たれて)
残されて 月夜の下に 泣いた夜は
       遠い昔の 思い出となる
初めての 敬老会に 招かれて
       嬉しくも有り 淋しくも有り
問わざれば 語る事なき 老後の身
       寝るにも早き 初秋の夕べ
言いたきを 心に秘めて 胸押さえ
       眠れぬ夜の 永き悲しみ
老いる身に 朝の太陽背に受けて
       新聞記事の 拾い読みする
人生の 老い行く日々に 望みかけ
       皆で楽しく 健やかに生く
起き出て 今日在る事の 幸せを
       鏡に向かいて 白髪を解く
口ほどに 手足動かぬ年となり 
       唯もどかしく 気持ちは焦る
年取りて 淋しさつのる 時もある
       心押えて 慎みて生く
一言の 話相手の 無き日にも
       我に詩有り 明るく過ごす
もう二度と 戻れはしない 若き日に
       友と遊んだ 故郷山川
我が畑に 地積調査で 足入れて
       荒れた耕地に 愛惜つのる
荒れ果てた 野原の如き 我が畑に
       何故か淋しく 愛着覚ゆ
明け暮に 思い悩んで 信仰に
       入神の道 人は勧めり
着脹れて 物忘れして 物ぐさく
       口の半分 体動かず
何時の世も 親の心は変わりなく
       育む我が子に 清き祈りを
目も耳も うとくなりたる この頃は
       庭を眺めて 日毎楽しむ
忘る事 繰り返しつつ 老いて行く
       今日も二度目の 捜物する
ゴミ捨てて 心は捨てず 世の中を
       レール外さず 歩いて行こう
思い出を 心に秘めて 老いる身に
       若き日の頃 今幻に
思わざる 優しき友に 巡り合い
       老いゆく先の 心の糧に
忌みの日を 一人守りて 独り夜の
       心静かに 我を慰む
幾年月 人手入らぬ 我が畑に
       耕地整理の 札立てに入る
家よりも ここが涼しと 境内の
       ベンチで語る ゲートの友と
皆様の 御陰をもちて 生かされて
       孫の成人 祝う嬉しさ
苦も楽も 皆織り成して 幾歳月
       守した孫の 成人を祝う

山下たえ『われに詩あり』 2000年(平成12)2月
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