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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第3節:日記

冨岡寅吉日記

昭和20年(1945)9月


九月一日 土 雨
長者町宮前発。十一時四十四分発。五時頃木更津着。工員ノ寄宿舎ニトマル


九月二日 日曜
毛布一枚もらう。袴下一着
千葉県木更津市木更津郵便局気付 木更津憲兵中隊河野隊
煙草十八本配給アリ

米艦ミズリー号上で降伏文書に調印。


九月三日 月曜
発信 富岡林造 準三郎 兼子正三郎 岡本七五三


九月四日 火
今朝点呼欠席ス。腹痛ナリ


九月五日 水
まき受領の使役。発信 妹まきへ
煙草、四十本配給十四銭


九月六日 木曜
四時起床。衛庭ノ掃除。八時より陸軍憲兵大佐山村久雄殿ノ軍装検査アル。無事通過セリ
○師団長閣下  陸軍中将   大場四平閣下
 館山地区隊長 陸軍憲兵大佐 山村久雄殿
 木更津分隊長 陸軍憲兵少佐 田中守殿
夜酒が三合配給になり大いにやる


九月七日 金曜日
使役にていわしの氷づけを持ちにいく。手紙、父へ書く。金井廣吉方宣久君へ


九月八日 土曜
午前予□実施
午后、使役として酒受領に行く。四斗ダル五本。夜は酒配給せらる。二合一、六〇銭


九月九日 日
独立中隊全員にて記念撮影。本日三分の一、復員者に命令出る。


九月十日 月
身上調査
午前中、体操。其ノ後、バレー・排球ヲヤル。小隊ノ対攻(抗)。一小隊ハ第二位ナリ。我ガ小隊ハ岡田上等兵ノ頑張リノ賜ナリ。今日此ノ感激、入隊以来始メテナリ
今日、発地上等兵以下一二三名ハ上等兵ニナリシ申告ヲセリ
不寝番ヲ今夜十時ヨリ十一時迄
憲兵上等兵
11日分奉【俸】給   29円70
即【退】職金  180円00
憲兵加奉(俸)    30円00
上等兵トシテ    72円60
計        252円30銭


九月十一日 火
魚受領に行く
乾パン配給。ハンゴウ一杯、キャラメル一コ三五銭
正午、復員者帰る。見送る
煙草を百本配給、十円七五銭


九月十二日 水
衛兵勤務
小生歩哨掛トシテ 司令菅沼軍曹


九月十三日 木
衛兵下番(かばん)
復員命令出ル


九月十四日 金


九月十五日 土
軍衣袴支給セラル。毛布、襦袢、袴下返納ス
入浴場ノ使役*1

*1:談)忍田啓助と風呂場の掃除をしたのを今でも覚えている。


九月十六日 日
復員式
斉藤大佐殿来客せり。中隊全員にて会食。昨夜は雨があり富岡上等兵大いにのみ、夜は夢中なり。今日は一日使役。自動車ノ助手


九月十七日 月 晴
四時起床。全荷物を庭に出す
九時頃、木更津駅に向ふ。十時四十五分発にて帰途に着く。途中無事。池袋発二時三〇分発東上線にて四時半嵐山駅着。菅谷の家*1の自転車を借りて帰る。夜は大嵐なり

*1:山岸一利宅。


九月十八日 火 晴・風
昨夜は嵐なり。早く起きて煙草をすう
近所、隣組を廻る。半日かゝる
午后、将軍沢の岡本君の宅へ行く。忍田君と二人で根岸の方へ遊びに行く。夕方迄、遊び廻る。憲兵腕章ニ赤帽は派出(手)だ


九月十九日 水 晴
役場へ復員證明書を持って行く。国民学校、青年学校に挨拶に行く。遠山水車へも行く。同級生では、おれ達は最後の復員兵だ
吉野勇作君の家へより、色々と話をした。孝平君、きのどくにも戦死せり   以上


九月廿日 木 晴
堀口上等兵の家へ行く。うんよく栗原上等兵も来た。自転車パンクス
今日は県道の普新(請)あり。父行く
近くでぶらぶらと遊んでゐた
葉がき六拾枚買ふ


九月廿一日 金 晴
かごやの手伝ひ少し。発信、菅沼軍曹、岡田明、吉原、岩瀬、大野、有山、香田和子
吉野孝平君の英霊還る
迎へに行く
昼ねをする。目かいつくり   以上


九月廿二日 土 曇・雨
玉ねぎの種子、十五銭
起床ゆつくりだ
午前中、将軍沢の岡本七五三君、忍田啓助君の家へ遊びに行く。
松山の四中隊の鈴木君、一時頃寄る。神戸の家へ挨拶に行く。
夕方迄ゆっくりしてゐた。雨降る


九月廿三日 日 曇・雨
秋季皇霊祭
曇天なり。発信、秋山勝二、厚澤龍蔵、井上伊助、斉藤玉治、木村良平
する 目かい作くり
午后、添田少尉殿こられた。弟実殿も連れてきた
午后は雨降り続く
彼岸の中日だ   以上


九月廿四日 月 曇・雨
目かいつくり。
午前中に十八組み上げる
午后ふちまき
岡本七五三君きて、夕方迄遊んで行く。目かい二ツ持って行く
成澤良三宅より竹六本六円切ってきて目かい二ツやる


九月廿五日 火 晴
受信 菅沼軍曹
自転車のパンクを作次さんにはってもらった。鬼神【鎮】様、月ノ輪の家、杉山の家で昼を御馳走になり、志賀の家へも寄る
松山へ行き、手帳と甘ランの種子をなくしてしまった
自転車パンクす。新聞持ちに行く


九月廿六日 水 晴
発信 菅沼善一
班長殿に便りを書く
篭箕二ツ作くる。五升位入れるザル作くり。これも二ツ。自転車のパンクを作次さんにはってもらう。堀口君来る。目かい、作次さんに一ツ呉れる
金井親治方へサツマフカシノかご一ツ
斉藤とら一ツ、安養寺学寮へ半ザル二ツ借(貸)。金井廣吉かごみ一ツ


九月廿七日 木
昨夜は、斉藤、金井宣久君の家へ行った。半ザル作くり。四ツアジロを組む
毎日、昼寝をしたくせが出てひるねをする。半ザル四ツ、ふちをまく前にした
受信 岡田明、秋山勝二君
夜、雨が降り出した
田黒の地蔵當(堂)も駄目だ*1

*1:談)「玉川村田黒の地蔵堂の縁日も雨降りで駄目だ」ということ。


九月二十八日 金 雨・晴
発信 宮本豊太郎、石森秀雄・加藤彌一、松崎貞助
雨降り天気なり
半ザルのふち巻き四ツ。唐子のメンヤへ一ツ、柴田方へ半目かい1、半ザル1、九円。植木山へ半ザル1、六円五〇銭
午后、農業会の総会に出席す。我にはこう言った事は不適当だ。
野口君に負けたが悪かった


九月二十九日 土 晴
今日は良い天気だ
仕事場を整理する
味曽(噌)コシ作くり八ツ。アジロを組む
午后、祖父さん、菅谷へ行く
小生一人で、八ツの七廻りをやる。中二ツ、腰を起こす
父、守平、肥積み。自転車を松浦へ置いてくる


九月卅日 日 晴
味曽(噌)コシの腰を起こす
そして八ツ組み上げ、全部仕上げる
もう手がなれてきた
夕方一ツ味曽コシを作くる。そしてふちを巻く前にした
祖父さんと二人でソバの作切り。中々良いソバである。昨夜、糸の配給あり二、五九銭

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