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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第2節:回顧録・作文

権田本市『吾が「人生の想い出」』

第三部 青年時代

軍隊生活

 然らばどのようにして訓練されるのか、入隊初期に戻って話を進めてみる事にする。最初は全員乗馬出来るような訓練から始められたと思う。馬部隊で馬に乗れないと馬部隊の行動が出来ない。此の訓練だが裸馬こそ乗せなかったが鞍だけで鐙(あぶみみなし。要するに鐙があると脚の締めかたが覚えられないという話。経験者は解かると思う。自分は前にも話したが初めて馬に接したわけでどんなにか恐いと思っていた。此の上から落ちたら大変だ、一人気を悩んで居たものだった。それだけに云われる通りに実行した。又自分なりに研究もしたつもり。要は少しでも人より早く会得して自分を知って貰う可く努力にも常に心掛け。そしてビンタが少ないようにね……。
 お陰様で他の兵より少しは上達した。其の証拠としておしりに「ヨウチン」つけた事ほとんどなし。ひどい人はおしりがただれ、しかも入浴後毎夜ヨードチンキをつけられるあの時の顔。一寸した負傷でもヨードチンキはかなりきくよね。此のようにして苦労もあり初めて一人前に馬にも乗れるようになり、しかもあの重い火砲を乗馬して曳く事が出来るようになったのである。
 全員が一人で乗馬出来る頃には各部に別れ、其の任務につかされたと思う。大別すると次の通り。砲手班、馭者(ぎょしゃ)班、観測班、通信班、無線班、等である。各部を説明すると余り長くなるので、とりあえず自分が教育受けた様子を思い出してみる事にする。前に述べたが週番下士官から伝えられた前夜の指令で馬もきまり、其の日の訓練が開始される。先ず先任上等兵の号令で練兵場に引卒されて行く。人間と同じ号令を使うのだが馬部隊の号令は少し長ーくかけられる。此の点人間と違う訳である。このようにして毎日の訓練が続けられる中で色々の乗馬方法など覚えさせられる。そして一期の検閲になる頃には自分も乗馬してもう一頭の馬をも共に操って自由に馭せるようになるのだから、自分でもよく出来るようになれたとつくづく感じたものだった。しかし上達すれば其の上の高等技術をやらせられる。自動車の運転免許試験では無いが、同じようにコースの中に二頭の馬で一頭に自分が乗り火砲曳(ひ)く前車をつけて前進バックなどまったく車のコース以上に苦労もいる。相手が生き物だけにね……。
 これ等は試験とまったく同じで合格すると初年兵でも馭術徴章が与えられる。誠に名誉の事なのだ。自分もお陰様で初年兵第一号頂いたが此の時のうれしかった事、今でも忘れられない過去の思い出の一つでもある。

権田本市『吾が「人生の思い出」』 1989年(平成1)8月発行 30頁〜32頁
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