第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし
権田本市『吾が「人生の想い出」』
第三部 青年時代
先ず一日の日課から紹介する事にする。起床ラッパで営庭に集合。点呼、朝の体操等終って炊事当番各班二名、週番上等兵の指揮に入る。尚、火砲手入二名位、その他は全員馬舎に行く。先ず一頭ずつ引出して馬に水を呑ませるのだが、馬は人を見ると云うが初年兵だと馬鹿にしてなかなか呑まない馬もいる……。呑ませた馬と数を報告するのである。数と云ってもぴんと来ないだろうが呑ませる時。馬ののどに手を当てているとよく解かる。こうして馬は外につなぎ次の作業。二人で担架を持ち、ねわらを外に出し、終日乾燥させる。夕刻にもくり返される作業となる馬の手入が始まる。これが大変であった。初めての馬に近づいての作業。恐かったね……。教えられた通りやらないと鞭が飛ぶのである。それから三日目の朝、分担した作業が終ったので初年兵同士で手伝いをしてしまった。これが班長軍曹に見つかり三人に集合が掛けられた。二人は東京出身だった。誰の命令で作業したのか聞かれた。自分は背が低いので一番左翼に並んだ。「ハイ、自分の場所が終ったので手伝いました」と云う。その一言に鞭が二ツ、三ツ、ピュウ、ピュウ。次も同じ事を云って、又ピュウ、ピュウ。自分の所へ来た。それ迄に自分は心にきめていた。同じ事云って鞭で打たれるのなら云わない方がいいやと思ったから、「ハイ」と大きな声で一声。鞭が一つで済んだ……。軍隊でよく云ういい訳という事になるのかなと思った。一寸痛かったね。一ツで済んだが今だって忘れないあの一パツ……。
権田本市『吾が「人生の思い出」』 1989年(平成1)8月発行 27頁〜28頁
馬の手入が終ると班に戻って朝食となる。二年兵より早く食べ終わらせる。遅いと目をつけられ何かのついでに「ビンタ(ピンタ)」が多くなると云う事。初年兵の神経は早くも戦々恐々となる。