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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第2節:回顧録・作文

大塚基氏編『ある夏休みのことです』

13.草とり  えつこ

 今日は桑畑の草取りだ。朝早くから桑畑にいって草を取りはじめた。
 あさ早くから畑にでて、仕事をすることはなんと気持ちがいいのだろう。朝早く起きてだれも吸っていない空気を、一人でのびのびと吸う気持ちはなんともいえない。胸の中にたまっていた、悪い空気をはくことはなんと気持ちがいいのだろう。
  それに比べれば桑は可愛そうなものだ。草がうんとはえたため苦しいだろうなあ。その苦しそうな桑のひとさくを取ってやると、桑は、「ありがとう」と言って いるようだ。しかし、桑のところにはえている草をとってやれば、それだけで桑は私に頭をさげてお礼を言っているようで一本でも早く草を取ってやりたい。し かし、だんだん疲れてきて遅くなる手が私はくやしくてならない。
 だが実際に私達が桑のような気持ちになって、桑がいきいきとして、ぐんぐん伸び育つことを考えながら、一本でもいいからよけいに草をむしってやりたいとおもう。
  自分達の実際の例をあげれば、私がある人にお金を借りたとする。その人はもう長く貸したのだから、ここいら*1で返して貰いたいと言うでしょう。でもその 時ちょうど病人がでてお金を払わなければならない。借りた人にお金が返せないので、すまないが、幾日かお金を返すのをのばしてくれとたのむ。その人がその 家のようすをみて、それでは可愛そうだと思い、いくにちかのばしてもいいと言ってくれればその家は助かる。だから私達が桑畑の草取りをしてやれば桑も伸び 伸びする。これと私は同じだと思います。
 実際に桑はもう草が大きくなって少しの風も入らなくなり、日光も入らず、本当にこれでは桑は枯れてしま いそうです。ですから、私達が朝早くにおきてもんぺ*2をはき、長袖を着て、顔にはてぬぐいをまいていくわけですが、でもこの姿でいぐと*3蚊もびっくり してにげてしまって蚊にもさされず仕事もはかどるけれど暑くて仕方がない。
 今日は自分で早く起きて草取りです。その取った後を見てもすがすがし く感じ、草をとりきるまで私は手を休めなかった。手を休めずにしていたら、もう太陽がでてくるまでには取り終わった。その取り終わった桑畑を上から見おろ すと、いままでとはちがってみんないきいきとしている。私は、「やっときれいになった」とひとり言をいいながら顔の汗をふいた。
 私が家に帰るときも、まだだれも通らなかった。私は、これで桑がどんどん伸びるだろうと思いながら、我が家の方へ帰っていった。その後から日の光もうれしそうに、私をてらしながらついて来るようだった。

*1:ここいらで…この辺で
*2:もんぺ…作業ズボン
*3:いぐと…行くと

大塚基氏編『ある夏休みのことです』 1994年(平成6)12月17日
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