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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第2節:回顧録・作文

大塚基氏編『ある夏休みのことです』

12.約束 みちこ

 私は毎日毎日桑つみをしていた。そして父が、「みちこ、今年はよく桑つみをしたから、花火の時に家中そろって花火を見に行くか。」といつも言っていた。
 いよいよ花火の日になると父は、「今日はつごうが悪くなってしまった」と言うのでいけなくなってしまったので、私たちは縁側にでて、みんながバスのていりゅう所でバスを待っているのをうらやましそうに見ていた。
 そこへ洗濯をすました母がきて、「あんなに良くやくそくしたんだから父ちゃんの都合が悪くても母ちゃんが連れていくよ、今日は投げ市でにぎやかだから。」と言ったので大よろこびでしたくをして出かけて行った。
 バスのていりゅう所で待っていると、まもなくバスが来た。バスの中はとてもきゅうくつでした。まもなくバスは大橋の上を通りかけた所でちょっとゆるく走りかけた。私達は駅まで行かずに*1途中で降りてしまった。
 そして投げ市へ行って見たら目のくらむほど、いろいろな物がとても安いねだんで売っていた。どの人もみんな汗びっしょりで売っていた。買う人も一生懸命いいのを見つけようと、一生懸命かきまわしている。
 「さあいらっしゃい、さあいらっしゃい」と声のかれるほどどなって売っている人もいた。やがて買い物をすまして八木橋*2に行った。一階、二、三、四階の上は屋上だった。子供のおもちゃや自転車や洋服やいろいろな物がたくさんならんでいる。お菓子売り場もある。
  そして、婦人の洋服を売っている所へ来たら、まどごしに人形の人*3がいろいろな服を着てならんでいる。妹の紀代子は、「母ちゃんあんないいふくを着た人 がたくさんいるよ。」と人形をほんとの人とまちがえてしまった。守秋は、子供のおもちゃ売り場へいって、「母ちゃんよ、ほんとにこのロボットは動くのか な。」と夢見る気持ちでききました。母ちゃんが、「ほんとに動くよ、ほら、ここんとこにねじがあるだんべー、ほこんとこ*4のねじをまくとガチャガチャ動 くのだろう。」といろいろ説明してくれた。
 やがて四階を通りぬけて屋上へあがった。熊谷の街がひと目で見わたせる。まったく私も、熊谷がこんな に広い所だとは思っていなかった。「まったく熊谷は広い町だなあ」とつくづくと思った。とたん、紀代子がとても大きな声で、「あっ、ねえちゃん、汽車が見 えるよ、どこへ行く汽車だんべ。」と言ったので、私は、「東京でも行くんだろう。」と知っているふりをしてうそを言ってしまった。それから食堂で昼食をし てからまた、「せっかくきたんだから一日あそんでいくべーや。」と言うので熊谷の町の景色を見ながら、ぶらぶらと熊谷の町の中を歩いていた。そのうち雨が 降ってきたので、私達は急いですぐそばの菓子やさんで雨やどりをさせてもらった。やがて雨もあがったと思ったら、ぞくぞくと人がつつみの上にあがってく る。そのうちにきれいなはなびが続けさまにあがった。私は、「良くこんなきれいな花火が人の手で作られるものだ」と思った。
 けれどもあんまり遅くなるといけないので、六時ごろのバスでかえってきた。
 帰ってきてから母は、「さあ、これで母ちゃんと父ちゃんはお前たちとの約束は果たしたわけだよ。」と明るく笑った。私も、「約束したことはちゃんと守るべきだ」と思った。

*1:行かずに…行かないで
*2:八木橋…デパートの名
*3:人形の人…マネキン人形
*4:ほこんとこ…ここのところ

大塚基氏編『ある夏休みのことです』 1994年(平成6)12月17日
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