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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第2節:回顧録・作文

大塚基氏編『ある夏休みのことです』

4.草むしり ゆりこ

 毎日暑いので私は、家でぶらぶらしていたら、父に、「朝の涼しい内だけも、畑に出て草むしりをしな*1。」と言われた。
 私は、この暑いのに、草むしりをするなんてたまらなく嫌だった。けれども無理やりに畑に連れて行かれた。せみは「じいじい」鳴いて、暑さをなおさら暑く感じさせる。
 しかし、畑に行ってたまげて*2しまった。草がぼうぼう生えていて、まいてある豆は草の中で小さくなっていたが、私は、その時はまだ草のことはなにも感じなかった。
 ただ、「暑いのでいやだ」と言う事を心の中で叫んでいた。父も兄も一生懸命に草をむしっている。それで私も、負けるのが嫌でしかたなく草をむしりはじめた。
 日はだんだんと暑くなる。けれどもやり始めたらおもしろくなった。
 おもしろいというよりも私の心のなかに、「豆がかわいそうだ」と始めて感じたのだ。私は暑さを忘れて草むしりに一生懸命になった。
  「もしこの草を、だれもとってやらなければ 養分も取れなくなって草に負けて死んでしまうだろう。もしも私がこの豆だったらどうなるだろう。陽のあたらな い所で、食べ物を与えられずにおかれたら、やせおとろえて死んでしまう。どんなに悲しい事だろう」そう思うと、もう暑さも、せみの声も、ぜんぜん耳に入ら なくなり、ただ一生懸命に草をむしった。
 まもなく父が、「ゆりこ、家に行ってお茶休みの用意をしてくれ。」と言う。
けれど私は、このままに草を残して帰るには気がすまない。そこで妹のあやこに変わってくれるよう頼んだ。
 そのうちにあやこが、「休みだよー。」と呼んだ。そしてみんな家へ休みに行った。
  父が、「暑いのによく頑張ったな。」とほめてくれた。私はその一言にとても張り合いが出て、お茶休みをしてからもまた草むしりに行こうとした。すると父 が、「暑いから早く終りにしよう。」と言った。私も気軽に返事をして行こうとすると、「ゆりこはもういいよ。」と止めた。私は父に、「行かないでいいよ」 と言われたけれども、さっきの残りをむしりきるまではと思い、父より先に畑に行った。
 大きく深呼吸をして、むしった後を見ると、豆が、「ゆりこ さん、草をむしってくれてどうもありがとう。おかげで助かりました。」といかにも嬉しそうに笑っているようだった。私は小さな声で、「どういたしまして。 それよりもっと早く草むしりのことに気がつかなくてごめんなさいね。」と言ったら笑っているようだった。
 私はそんなに喜んでもらえるのなら、もっと一生懸命にやろうと前を見ると他の豆が、「私たちも早くむしって下さい、草にいばられて苦しくて仕方ありません。」と言っているようにみんな私の方を見つめている。
 また草をむしっている手を早めた。そのうちに、「ウー」とお昼のサイレンが鳴ってしまった。父は、「さあお昼にしよう。今日は仕事を頑張りすぎたな。」と言って嬉しそうだった。豆も私に、「ありがとう、ありがとう。」と言っている。

*1:しな…しなさい
*2:ちょいと…少し

大塚基氏編『ある夏休みのことです』 1994年(平成6)12月17日
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