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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第2節:回顧録・作文

大塚基氏編『ある夏休みのことです』

1.草むしり ゆりこ

 ゆうべ父に、「明日はかいこん*1の草むしりだから早く起きるのだよ」と言われたので、今朝は五時ちょっと前に起きた。私は、かいこんの畑へはしばらくいかなかったので、「もううんと*2草がはえているだろうなあ」と思いながら畑にでかけた。
 もう稲は青々としてとてもきれいだ。畑についてみると思わず「わあー」と言ってしまった。だって私が想像していたよりとてもすごく草がはえていて、ひどい所は草の丈と桑の丈で同じぐらいだ。
 私が、「この草はむしりよさげだから手でむしるね。」と母に言うと、「鎌でむしりな。」と母は言った。私はそんなに根が張っているのかなあと思いながらためしに手でひっぱってみたら、とても引っ張りごくがあって手だけではとてもむしり続きそうもないと思った。
 少したつと、もう暑くなって、ひたいの方から汗が伝わってきて、目に入って目がいたいほどだ。着物は汗にぬれて背中にくっついてしまいそうになって、太陽が照りつけて背中がいたい。そして暑いからといって立つと頭がぼおーとして目が回るようだ。
 それから休みをした。喉が乾いていて、お茶を茶わん一ぱいに飲んだ時のうまさ*3といったら、まるでココアでも飲んだようだ。
  それからまたむしり始めた。私は、暑い時の畑仕事はつらいなあと思った。でもこの草の実を落としてしまえば、また来年になると草がぞくぞくとはえてしまう のだと思うと、早くむしりきれば*4いいなあと思う。それから母の方を見ると、うんと*5離れてしまったのでたまげてしまった。「かあちゃんはいら早いん*6。」と私が言うと、母は「だって商売だもの、ゆりこみたいにのろくてはしょうがないよ。」と言って笑った。
 私は、「ようし、かあちゃんなんかおっついじゃい*7」と思いながら、今度はばりばりむしった。けど*8いくら一生懸命にむしっても、おっつげないので残念だがあきらめた。
  それから、「とうちゃん、何時頃。」と聞くと、父は太陽の方を見て、「今十一時ごろだろ。」と言った。私は、「あと一時間か。」と言いながらまたむしりつ づけた。そのうち二本目がやっとむしり終わったので、少し腰を伸ばしながらむしった所を見た。とてもせいせいしたようだ。そしてむしった草が行儀良く並ん でいてとてもいい感じだ。それに比べて、まだむしってないほうは暑苦しい感じがして早くむしってやりたいと思った。それからまた一生懸命にむしったら三十 分ぐらいして昼のサイレンが鳴ったのでむしるのをやめた。半日で私は三さくと少ししかむしれなかった。「あと二時間むしればひどい所はむしりおわるだろ う。」と父は言った。私は、「早くむしり終わればいいなあ」と思った。
 帰りに手が痛いので見ると、もう右手に豆ができてしまった。母に豆を見せたら、「ずいぶんやわらかい手だなあ。」と言った。私も、「ずいぶん弱い手だなあ。」と思った。
  ご飯を食べて、昼休みをしてから三時半ごろまた畑にでかけたが、まだ太陽が照りつけているので畑につくともう汗が出て、洗ったブラウスがもうぬれてしまっ た。私は、「遠い所の畑は来るのによいじゃあない*9からいやだなあ。」と思った。それからまたむしり始めたが、はじめの内は鎌をにぎっていると豆がおさ れるのでいたかったが、そのうち一生懸命になってむしったら手など痛くなくなってしまった。

*1:かいこん…山を切り開いて作った畑
*2:うんと…たくさん
*3:うまさ…おいしさ
*4:むしりきれば…むしり終われば
*5:うんと…とても
*6:いら早いん…すごく早いね
*7:おっついじゃい…おいついてしまおう
*8:けど…けれど
*9:よいじゃあない…容易でない

大塚基氏編『ある夏休みのことです』 1994年(平成6)12月17日
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