ページの先頭

第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第1節:ひと・生活

釣り・鮎漁

村民レクリエーシヨン大会
     清流に鮎を追ひ 緑蔭に酒を温む

「報道」第三十五号発行記念、村民鮎漁大会は、清風快晴に明けた八月二日(日)早朝より、槻、都幾の合流点二瀬附近より、武蔵嵐山附近一帯の川筋に於て盛大に開催せられた。
定刻午前八時、主催報道委員会の福島、忍田、金井宣氏等が本部内田源作氏裏手の河原に受付を開始、全村よりの参加者約八十名が、申し合はせた様にいづれも白シヤツにパンツの軽装でぞくぞくと集合、会員章真紅のリボンを胸に飾つて、各自思ひ思ひの作業についた。
この日未明先発第一陣として川に向つた嵐山釣友会の面々は午前八時半早くも、夥(おびただ)しい獲物を提(さ)げて本部に帰着、米山、高山、木村氏等がリーダーとなつて直ちに料理、天ぷら揚げに着手、料理係り、会場係りの目まぐるしい活動が開始された。
一方二瀬漁場は、前日より内田武、杉田寅の両氏等が出張、準備を始め、投網係、米山、岡村、細谷、杉田善、山下庫氏等のベテランが主軸となって、当日の圧巻、セメ川が開始された。次第に狭まる曳網の中に、右往左往逃げ惑ふ年魚を追つて、一網打尽の見事な網さばきが連続する。声援、賞讃の拍手喝采が期せずして河原に爆発する。かくて午前十一時更に漁場を槻川橋下に移して、心ゆくまで漁撈の興をつくし、午後零時半、一同本部会場に引揚げた。
次いで、午後一時半より懇談会に入り、涼風あふれる河原の緑蔭に円陣を張り、報道委員会長、及び村長の挨拶に始つて、文字通り体も裸、心もはだか、村民一同は面倒臭い、儀礼や、理屈は抜きにして、右手に天ぷ羅を握(つか)み、左手に一合入の酒杯を傾け、歌ひ、呑み、語り、且つ踊つて此の日の興趣を満喫した。かくして午後五時懸案の鮎漁大会は村民融和協調の力強い足跡を印して無事散会した。

【1】二瀬漁場大観|写真

【2】網打ち風景|写真

【3】手練の早わざ|写真

【4】通人|写真

【5】懇談会|写真

【6】見物席|写真

【7】フイナーレ|写真

【寫眞説明】 撮影 荻山栄一
【1】二瀬漁場大観 地曵を引く会員、午前十時過、盛夏の陽光がサンサンと大空に溢れ、台風の余波、秋を思はせる涼風が颯颯(そうそう)と川面を吹く。
【2】網打ち風景 網が狭まるにつれて逃げ惑ふ鮎の姿が忙しく漁師の眼をうばふ。網を投げた米山氏、腕を組んだ杉田氏どうやら目ざす獲物は網をくぐつたらしい、「えいツ少しでかくしてやれ」杉田氏の負け惜しみ。といふところ。
【3】手練の早わざ 一網打尽と内田氏の網が投げられた瞬間、村長が飛沫を浴びて跳び上つている。午前十一時頃。
【4】通人 鮎は斯うして食ふもの、生の鮎を丸囓(かじ)りにして舌鼓をうつ杉田善作君。
【5】懇談会 最初の五分間「さアどうぞ」お揃ひの浴衣がお酌をする。天ぷらを頬ばりグツと一杯。最初の五分は至つて神妙。
【6】見物席 宴たけなは。関根氏の珍妙ダンスに拍手喝采する役場の娘さん達。
【7】フイナーレ 「いやもう充分」御満悦の四氏。八十余名の会員がみなこんな顔をしていた。

『菅谷村報道』36号 1953年(昭和28)8月10日

嵐山釣友会活躍
  —— 鮎漁大会に競釣 ——

去る八月二日の村民鮎漁大会に於ける嵐山釣友会の活躍は次の通り。即ち別項のやうに当日最も重要な料理係には、同会の米山時次郎、木村光男、高山千吉の三君が得意の腕を奮つて参会者を喜ばせ、更に当日は午前四時頃から会員十数名が会場に先行し、午前八時までに三貫目獲得を目標に日頃練磨の技を競ひ、多大の成果を挙げ、これに対し釣具店島本氏から賞品が寄贈されたが、この成果は次の通りであつた。
 順位 氏名   釣上高
 一、新井一平 二八〇匁
 二、関根由平 二五〇匁
 三、吉野巌  二五〇匁
 四、木村光男 一四〇匁
 五、根岸卯平 一三〇匁
 六、小林康雄 一二五匁
        (以下略)
尚釣法はたたき釣り専門である。

『菅谷村報道』36号 1953年(昭和28)8月10日

鮎漁|写真1

鮎漁|写真2

鮎漁|写真3

鮎漁大会役割り
    一人の傍観者もなし

村民鮎漁大会は文字通り、全く村民の協力一致によつて成立したもので、参加会員が各々その得意とする役割りを自ら引受けて、持場々々でその責任を果し、一人の拱手(きょうしゅ)傍観者もなかつたのであり、その役割りに甲乙はないが、尚後日の参考のため各係りを記録すれば次の通りである。
○投網
岡村定吉、米山永助、細谷信一郎、内田武一、杉田善作、杉田寅造、山下庫次郎
○釣
新井一平、関根由平、吉野巌、木村光男、根岸卯平、小林康雄、中島正男、山岸一利、大野文平、中島勝哉
○料理及び会場の準備
米山時次郎、高山千吉、木村光男、恒木美浪、杉田喜平、小沢利政、新井一平、加藤重太郎、小菅山栄、大野優弘、中島元次郎、小林康雄、藤本眞造、国立喜代子、松浦千代野、大野克子、中村美江
○受付、案内
 福島秀雄、森田与資、忍田喜三、金井宣久

『菅谷村報道』36号 1953年(昭和28)8月10日

鮎漁|写真4

河原での懇親会|写真1

河原での懇親会|写真2

記録

鮎漁大会参加者

別項、村民鮎漁大会はこの計画発表と共に村内は勿論、他町村からも絶大なる賛同を得て、遂に八月二日、早朝より日没に亘つて開催、予期以上の成果を得てその幕を閉じたが、この会の参加者は次の通り八十三名の多数に達し、その顔ぶれは、村内の各階各層【各界各層】を網羅して名実共に村民大会の盛況を示し、更に会員外の手伝参加者等を加えれば百二十名の多数に上つて、その交歓の声は、しばらく槻川畔を制圧して賑いを極めた。
○菅谷
根岸巷作、馬場光男、関根子之助、木村光男、細谷信一郎、関根長倭、中島正男、松浦高義、中島操、山岸一利、中島勝哉、福島秀雄、米山永助、根岸卯平、米山時次郎、根岸義次、高山千吉、吉野巌、新井一平、青木高、岡村定吉、須沢褜治、山岸宗朋、田幡順一、関根由平、島本茂信
○川島
島崎和一郎、森田清、岩附木一、権田喜又、権田和重、権田徳寿、吉田又五郎
○志賀
滝沢長重、大野文平、根岸喜儀、儘田雪光、高崎達蔵、恒木美浪
○平沢
小林忠一、小林久、奥平竹次【武治?】、山田巌、内田実
○遠山
小菅山栄、栗原彌之助、吉野賢治、山下賢治
○千手堂
高橋正忠、瀬山修治、内田佐助、中島元次郎
○鎌形
杉田喜平、中島金吾、小林才治、杉田寅造、内田武一、山下欽治、長島甲子雄、杉田善作、杉田武平、内田源作、大野優弘、小林博治、小林康雄
○大蔵
金井宣久、金井示夫、山下伝次郎、山下庫次郎、金井東輔、金井倉次郎
○将軍沢
鯨井軍次、小久保幾喜、忍田喜三、金子幾太郎、加藤重太郎
○その他
内田家寿、小沢利政、荻山栄一、藤田真造、長島林平、木村幹次、橋本儀一

『菅谷村報道』36号 1953年(昭和28)8月10日

河原での懇親会|写真3

河原での懇親会|写真4

鮎漁大会々計

一、収入    一七、五〇〇円
 会員八〇名分 一六、〇〇〇円
 寄附 《報道委員会一、〇〇〇円 万民新聞社五〇〇円》
         一、五〇〇円
二、支出    一七、三九五円
 料理材料    二、八三五円
 酒       九、三七五円
 サイダー    一、〇二五円
 弁当      三、七四〇円
 会員章       四九〇円
 燃料        一〇〇円
三、差引残金     一〇五円也 報道委員会へ寄附。
 尚以上の外に左【下】の通り援助がありました。
○清酒一升宛 村長、議長、農委長、教育長、消防団長
○サーヴイス嬢 十数名 埼玉日報松山支局
○内田原作氏より炊事用具
○米山永助氏、福島秀雄氏より蓆
○小林才治氏、農協よりオート三輪車
○内田武一氏、杉田寅造氏より地曳網その他漁具一式

『菅谷村報道』36号 1953年(昭和28)8月10日
このページの先頭へ ▲