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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第1節:ひと・生活

釣り・鮎漁

蚊釣*1

〝麦の花かけ〟は〝かばり〟のシュンである。夜来の雨で水量を増した川瀬は都幾、槻川ともに絶好の釣場である。暮陰漸くこまやかになる頃、水辺に佇(たた)ずむ釣人の閑雅(かんが)な竿さばきは、縁(えん)なき吾々にも、そゞろ釣心の勃々(ぼつぼつ)たるを誘ふ。そこで一夕(いっせき)、嵐山釣友会長吉野氏に重ねてかばりの奥義(おうぎ)をきく。
天気の日は夕陽が西の山に沈むのを見て、やをら腰を上げ、悠々煙草を二、三服。ブラブラ川に出かけるですな、まだあはてる必要はない。川辺でまた一服、ゆつくりと竿を打ち振つて水辺に立つ。水は瀬でも瀞(とろ)でもよろしい。三尺巾の流でも上等ですよ。風に背を向け、残照に向つて立つのが理想です。然し仲々さううまく條件は具(そなわ)らない。風に向ふと糸がもつれる。光を背にすると影がうつる。この理屈を念頭において、右岸か左岸かを選ぶ訳ですよ。尤(もっと)も夫婦けんかと、昼の風は夜になるとおさまるといつて、大抵の風も夕方には凪(な)いできますがね。
〝浮きは軽い方がよい。フハリと投げこむ。グーツと竿を引く。餌がにげる。パクリととびつく。百発百中である。全部ヒツトである。カラ振りは一本もない。
竿は九尺、軽い竿で腕を一パイに伸ばす。この方が経済的である。コツツと当ツてススツーとにげるのは針が悪い。針がのびている。先がかけている。ゴミがついている。堅い針はかけたがる。やはらかい針はのび易い。一本悪い針があつても不思議にかゝらない。針は矢張り四本がよい。赤にはクキ、黒にはハヤが多いやうですな。黄昏(たそがれ)が濃くなると大ていの所で釣れるが、四、五日連続して竿を入れた場所は難かしい。百発百中、十匹も上げたら流に沿つて三歩下る。ここは又新しい釣場である。続いて又三歩、釣れ出したら広く移動する必要はない。三歩宛(ずつ)前進すればよい。
左腕をグツと水平に前に出す。親指を立てて、爪(つめ)を見る。爪と皮との境が分らなくなる。ここまで暗くなる二、三十分間。これが最高潮、百発百中の時間である。魚も大きい。七、八匁のやつが、ドサリドサリと抛(ほう)り込まれると一尾一尾の重さが次第に腹にこたへる。どうです今日の話は去年よりもちと高尚でせう。近日中に一つ実地に手ほどきしますかな。呵呵(かか)。五月十九日(小林)

『菅谷村報道』33号 1953年(昭和28)6月10日

*1:蚊釣(ママ)…蚊鉤/蚊針(かばり)

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