第6巻【近世・近代・現代編】- 第3章:産業・観光
遅い春 —— 花だより
今年の春は遅かった。いつもの年なら入学式の四月八日頃は桜の花が満開なのに今年は十五日の合併十周年記念式典の日満開だった、このお祝いの日のために、そして若い村長のために、桜の花が待っていてくれたのかと思うような気がする。今年は村内の花の名所を訪ねて見ようという気になって、ある日、カメラをぶら下げて一廻りした。然し七郷地区(ななさとちく)だけしか写せなかった。次の日に菅谷地区を廻ろうと思ったら、曇り日になり、そのうちに雨が降ってしまい、桜の花は大方散ってしまったからである。桜の花は散るのが早い。
七郷小学校の桜
七郷小学校の桜もきれいだった。古い学校には古い桜の木がある。七郷では一番桜の木の数が多い場所ではないだろうか、〝学校と桜〟それは子供の日の思い出につながるものであろう。七郷中学校の桜
戦後の新しい学校だけあって桜の木もまだ若い、学校へ上がる坂道の両側にある桜の木の枝がトンネルをつくって、花びらを生徒たちの帽子や髪の毛に散らすのはいつの日であろうか。お手白神社の桜 —— 吉田
七郷地区で一番見事だと思ったのは吉田の手白神社の桜であった。樹齢も古く見仰げるような枝ぶりが神社の屋根に伸びて、しきりに花びらを散らしていた。兵執神社(へとりじんじゃ)の桜 —— 古里(ふるさと)
この神社の桜はひっそりと咲いていた、恐らく誰からもその存在すら気づかれずに咲き且散って行くことであろう。この高台の神社の参道に桜並木が植えられて見事に咲いたら立派であろう。地蔵様と桃の花
兵執神社の一隅に三つの地蔵様が立っていた。そして白と紅の桃の花がきれいに咲いていた。そのすぐ下の農家の庭のぼけの花がこれも見事に咲き誇っていた。春は美しい花の季節である。水ぬるむ —— 古里の小川で
兵執神社を下りてくると田んぼの小川で子供たちがえびかにを釣っていた。春は子供たちの水に親しむことから始まる。水は音もなく流れていた。子供たちも黙って糸を垂れていた。八宮神社(やみやじんじゃ)の桜 —— 越畑(おっぱた)
越畑には桜の木が少い。八宮神社には一本の桜の木が老杉の巨木に映じて見る人もなく咲いていた、ここに伝はる獅子舞をこの桜の木は何年見続けてきたことであろう。広正寺の桜 —— 広野
『菅谷村報道』159号 1965年(昭和40)5月10日
広正寺は古い格式のある寺である。然し古い桜の木はなかった、こごめ桜が小さな花をつけて静かに咲いていた。
かやぶきの屋根の白い紋所が寺の歴史をはっきりと桜の花を通して物語っていた。