第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
三、村の生活(その二)
第4節:部屋の呼び方と使い方
茶の間
茶の間は前二者に対して私的の性格が強い。茶の間は日常飲食の場所であり、いこいの場所である。茶の間から土間に床を張り出して板の間を作っている家が多い。大ていこの板の間に、囲炉裡が切ってある。板の間の部分を勝手と呼んでいるが、この板の間の勝手がない場合は、茶の間そのものが勝手である。この地方で、「手前勝手な奴」といえば、わがまま者の意味である。勝手という部屋の名前はこの辺から起ってきたのかと思う。勝手や茶の間は、家人の飲食を主とした日常生活の場所であるから、他人がここまで足を入れることは先づないのである。他人の食事は覗き見ないのが礼である。美味いものを食っていれば、分不相応と噂されるし、ひどい粗食はケチだと非難されるだろうし、時には家計の窮迫(きゅうはく)を人目にさらすことにもなるので、他人には見せたくないのである。又見てはならないのである。ここに勝手がある。勝手は外部からの目を遮断(しやだん)して、気儘に自由に振舞うことの出来る場所なのである。まことに勝手次第で都合のよい場所である。ざしきやでいが公的性格の強い場所として、いつも隣人や村人に開放し提供することの出来るように備えられているといったが、それが出来るのはこの茶の間乃至勝手が存するからである。勝手は個人の生活を守るとりでである。誰もこれを侵すことは出来ない。面白いのは囲炉裡を囲んだ座席である。通常土間からの正面は横座といって主人の坐わるところ、その横の裏口の側が女房や家族の席、かゝ座などといい、入口に近い側は客座といって外来者の席、土間の側は下男や下女の席で焚物の尻にあたるから木尻などといっているという説明が学者の間に行なわれている。この村では必ずしもこの通りの名前で四つの席を呼んでいるとは限らないが、四つの席がそれぞれ誰の席であるかということは、右【上】の説のようにきまっている。ここで面白いのは、主人と客との席の配置である。主人は厳然(げんぜん)として正座に坐し客はその横に坐するのである。これがざしきやでいの場合は趣を異にし、客は上席で主人は下座(しもざ)乃至客と相対して、客よりひくい場所、ざしきなら茶の間の側、でいならへやの側に坐るのが通例である。ところが、茶の間勝手に入ると、主人が正座を占めて、客に譲らないのである。茶の間や勝手は、個人の私的生活のとりでであり、従ってこの場所の最高の権威者は主人であることを示している。いかなる外来者も勝手のルールには従わなければならない。これを犯す者は「横座に坐る馬鹿と猫」といって軽蔑される。このような私的生活の保証があって、はじめてざしきやでいの秩序が維持出来るのである。
『嵐山町誌』(嵐山町発行、1968年8月21日)