第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
三、村の生活(その二)
第1節:家普請(一) 建築費
総建築費
いや然し、今は高い安いよりも、母屋の建築費に追加すべきものを見出すのが目的であった。とり敢えずこの食用米の経費を追加しなければならない。
文化十一年(1814)の例にならって食用米を出してみよう。大工等の職人延二〇九人、木引三六人、村人等の手伝いが一三七人計三八二人である。これに米一日一升宛とすれば三石八二となる。現在の米価に直せば五万七三〇〇円である。これを二四万三〇〇〇円に加えれば三〇万〇三〇〇円になる。次に私たちは、村人の協力手伝を忘れてはならない。昔の家屋は大体、木材と竹とかやから出来ている。その外屋根を葺くにはおびただしい繩が必要である。この繩は全部村民たちの寄付でまかなわれたらしい。それから一三七人に及ぶ村民の手伝いである。これをとり上げてみよう。手伝い人夫を賃金で計算すればどの位になるか。一つの考え方として、文化十一年(1814)の職人手間を計算すると次のようになっている。職人 支払額 銭換算 人員 一人当平均
大工 二両二分と二〇〇文 一三貫四二四文 九〇 一五〇文
木引 一両二朱と四二四文 六貫三七三文 五九 一〇八文
屋根屋 一分 一貫三二五文 七 一九〇文
くろくわ 二朱と六〇〇文 一貫二六二文 六・五 一九三文
しやかんや 二分と三七二文 三貫 二二文 一四 二一五文一般日やとい人夫賃はどの位に計算すべきか。適確な根拠を示すことは出来ないが、一〇〇文当り米一升七合程度であるから一日の賃金を米一升とすれば大体六〇文に当る。大工が一五〇文、木引が一〇〇文という例から見て六〇文位が適当であろうと思う。そこで手伝い人夫を銭に見積れば、60文×137=8貫220、金で一両一分、米で一石二四〇、今の金で一万八六〇〇円になる。これを加えて建築費は三一万八九〇〇円に増加した。繩代その他建具等算入するものもあるが、大体三五万円程度と見てよいと思う。坪七〇〇〇円であるから現在よりも安く出来たことになる。今の金額になおして見た場合、今と比べて極めて安いという結論になったわけである。然らば当時の所得に比してこの建築費はどのような比重もっていたか、先ず田の収穫から考えてみよう。
『嵐山町誌』(嵐山町発行、1968年8月21日)