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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第10節:嵐山町誌

一、村の成立

第2節:検地

検地の時期

 そこでこの検地は私たちの村々にはどのように実施されたかこれをしらべてみよう。ここに三つの検地帳がある。

一、慶長二年酉二月十日御繩打 武蔵国比企郡杉山村(金子秀夫氏蔵)
二、寛文八年申八月十九日 武州比企郡遠山村御繩打(杉田角太郎氏蔵)
三、宝永二年酉二月 武蔵国比企郡吉田村方御改帳(小林利平氏蔵)

それぞれ右【上】のような表書きになっている。
 北条氏が降伏し、徳川家康が北条氏の故地関東八ヶ国をあたえられて江戸城に入ったのは天正十八年(1590)八月である。これにともなって、杉山村は森川金右衛門に給与されたのであらう。慶長二年(1597)はまだ秀吉の存命中であるし徳川氏が本格的に検地をはじめたのは関ヶ原役後の慶長六、七年(1601-1602)であるから、森川氏は家康配下ではあるが、森川氏の行った杉山村の検地は矢張り太闍検地の一環として考えてよいだらう。
 しかしあとの二つは太閤検地には属さない。江戸幕府による検地である。この二種類の検地帳を見ている中に私たちには一つの疑問が出て来た。それは太閤検地は杉山村だけで他の村々には実施されなかったのではないだらうかということである。太閤検地は、有名な秀吉の書状にあるように「検地について納得しないものがあったときは、それが城主なら城に追い入れ、一人も残さず、『なでぎり』にせよ。その者が百姓たちならば、一郷も二郷もことごとく『なでぎり』にせよ。六十余州を厳密に調査してきて、出羽、奥羽を粗相(そそう)にすることはできない。たとえ人がいなくなってもかまわないから、『山の奥、海は櫓かいの続くまで』念入りにせよ」とあるように、山の奥から海上の島々の隅まであますところなく実施されたわけであるが、私たちの村々については、この命令どおりに一村のこらず、全部に行なわれたものではないらしいということである。
 この疑問のそもそもの理由は、太閤検地に属する検地帳が、杉山村以外には見あたらないということ、他の村々はすべて江戸時代の検地帳であること、そして、杉山村以外の村について、慶長二年以前に検地をしたというつたえのないことなどである。このことについてもっとくわしく述べてみよう。
 「風土記稿」をみると杉山村の検地は「慶長二年、時ノ地頭森川金右衛門糺セシト云フ」とあって、「風土記稿」の編纂者は、慶長二年(1597)に杉山村に検地が行なわれたことを認めている。ところが、他の村々については、慶長年間に検地したという記載は全くない。検地については、「風土記稿」の編纂者も、重要事項と考えたらしく、知り得る限り各村の検地の時日を明らかにしようと努力した態度がうかがわれる。つまり他の村々についても、越畑慶安元年(1648)、菅谷寛文二年(1662)、大蔵寛文三年(1663)、八年(1668)、万治三年(1660)、鎌形、根岸、遠山寛文八年(1668)、平沢、千手堂寛文八年(1688)、延宝八年(1680)、吉田宝永二年(1705)などと、もれなく書上げているのである。だから若し慶長二年に、杉山村と同じように検地が実施されたとすれば、そのことが必ず書いてある筈である。重要な事項だからである。然るにそれがない。それがないということはその事実がなかったのだということか、あるいは検地はあったのであるが、その記憶が消失してしまったのだということかのどちらかになる。それで江戸時代の農民と田畑との結びつきを考えれば大事な検地の時を忘れてしまったとはとても考えられない。
 「風土記稿」が慶安、寛文、延宝、宝永などとことこまかく書きながら慶長を書かないということはどうあってもおかしいのである。村によって慶長の検地はなかったものもあるのではないか。それで太閤検地は全部の村々をあまさず実施したというわけではないだろうと思うのである。
 これをもっとはっきりいえば慶長の太閤検地は杉山村だけで他の村々はそれよりおくれた時期に実施されたという考え方に到達するわけである。然し検地によって「村高」が決定されたということ。又、その「村高」によっていろいろの村々が結びつけられて、同じ平面上で比較対照できるようになったということについては疑いはない。だから、私たちの村々の「村高」は、太閤検地にはじまって、その後江戸幕府の検地で次第に、確定して来たということになる。
 それで前にあげた嵐山町の十六の村々はこれを「村高」でとらえるという角度から見れば、慶長からはじまって寛文延宝の頃までにその形が成立したということになる。これは検地という制度に則って、個々の村々を「村高」という計数で確定したものであるから、いわば、制度上の村、形式上の村の成立ということになるわけである。

『嵐山町誌』(嵐山町発行、1968年8月21日)40頁〜42頁
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