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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第9節:寺院・神社・堂庵明細帳

比企郡神社明細帳

埼玉縣武蔵國比企郡七里村大字越畑字日向
 村社*1 昭和二一、一〇、一五 法人登記済

  八宮神社(やみやじんじゃ)

*1:村社(そんしゃ)…江戸幕府は寺院を通じて民衆を掌握していたが、明治政府は神道中心の宗教政策に転換し、1871年(明治4)に神社の社格制度を定めて神社を通して民衆を掌握していった。これにより埼玉の場合は大宮の氷川神社を官幣大社(かんぺいたいしゃ)、次を県社、郷社、村社、無格社と定めた。村の鎮守は村社となった。この社格制度は敗戦により1946年(昭和21)に廃止になった。

一、祭神(さいじん)
 応神天皇*1
 木花開夜姫命*2
 大雷神*3
 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
 倉稲魂命*4
 大山祇命*5
 櫛八玉神*6
 品陀別命*7

*1:応神天皇(おうじんてんのう)…諱(いみな)は誉田別尊(ほむたわけのみこと)。皇統では、第14代仲哀天皇と第16代仁徳天皇の間の第15代天皇(在位、西暦270-310年)であるが、4世紀末から5世紀初頭の頃在位したとみられる大王。記紀(古事記・日本書紀)では、治世中に多数の渡来人が来て漢字や儒教、養蚕など大陸の文物・技術を伝えた。騎馬民族説では、朝鮮から渡来した征服王朝ともいう。
*2:木花開夜姫命(このはなさくやひめのみこと)…富士山の神、安産や酒造りの神。
*3:大雷神(おおいかずちのかみ)…雷の神。
*4:倉稲魂命(うかみたまのみこと)…五穀(ごこく)をつかさどる神。
*5:大山祇命(おおやまつみのみこと)…山の神。
*6:櫛八玉神(くしやたまのかみ)…漁労(ぎょろう)・調理の神。
*7:品陀別命(ほんだわけのみこと)…『古事記』で応神天皇のこと。

一、由緒
勧請人皇(かんじょうにんのう)四十七代*1聖武天皇(しょうむてんのう)ノ御宇*2ト申ス、其後承平(しょうへい)年中(931-938)経基公*3関東征討ノ節此ニ祈願シ遂ニ八ヶ所ニ是(これ)ヲ祭ルト云フ。明治四年(1871)中村社(そんしゃ)届濟(とどけずみ)。
明治三十二年(1899)五月二十二日八幡神社ヲ八宮神社ト訂正ス。
明治四十年(1907)四月十日大字越畑字冨士山無格社浅間神社、字幡後谷前無格社雷電社、字柳原無格社神明社、字社宮司無格社社宮司社、字後谷無格社山神社、字下串引無格社大天獏社、字大堂無格社八大社、字清水無格社八幡社ノ八社ヲ本社ニ合祀(ごうし)ス。大正八年(1919)十二月二十二日拝殿幣殿*4改築許可。大正九年(1920)四月十五日竣工。

*1:皇統では四十五代が正しい。
*2:御宇(ぎょう)…天皇の治める時代。
*3:経基公(つねもとこう)…清和天皇の第六皇子貞純親王の子で源経基のこと。源氏姓を賜り、源氏姓の祖。後に平将門追討の征東副将軍になる。鴻巣市には「伝源経基館跡」県史跡がある。
*4:幣殿(へいでん)…神への捧物(ささげもの)を置く所。拝殿と本殿の間にある。

一、社殿 本殿

一、境内 四百三十一坪

一、氏子 八拾八戸

由緒追記
大正十一年(1922)三月二十日神饌幣帛料(しんせんへいはくりょう)供進神社(きょうしんじんじゃ)ト指定セラル

「昭和38年度文書 埼玉県学事課 比企郡神社明細帳」

八宮神社(2003年5月22日撮影)

八宮神社|写真1

八宮神社|写真2

八宮神社|写真3

八宮神社|写真4

八宮神社|写真5

八宮神社境内図
八宮神社境内図『埼玉の神社 大里・北葛飾・比企』(埼玉県神社庁、1992年)1437頁

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