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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第8節:稲村坦元先生原稿「菅谷村史」

平澤懐古

 大字平澤ノ古刹*1成覺山實相院平澤寺ハ往代(おうだい)著ルキ*2大伽藍*3ニシテ当部落モ其寺領ノ僅々タル*4一部分ナリリシガ程(ほど)ニ隷堂*5末社ノ彙(あつまり)モ多数浄境ノ内外ニ列在シタルハ書傳*6其他ニ徴シテ*7識(し)ラルルナリ、其間ノ諸消息*8ニハ懐古*9ニ清趣妙味*10ヲ覺ユル事往々ニシテ少ナカラズ、今試ミニ一二ヲ表出センニ、先ヅ中古関左*11ノ名将タル太田左金吾持資入道親子*12ガ薬籠*13中ノ俊才幕賓*14間ノ策士*15タル奇僧萬里*16ガ「梅花無尽蔵(ばいかむじんぞう)」ノ一二齣(こま)ヲ視(み)ヨ「長享(ちょうきょう)二年(1488)八月(上畧)十七日入須賀谷(すがや)之北平沢山問太田源六資康之軍營於明王堂畔二三十騎突出*17迎余今亦深泥之中解鞍各拜其面賀資康無恙余已(すでに)暫(しばらく)寓*18*19

  明王堂畔問君軍、雨後深泥似度雲、
  馬足未臨草吹血、細看要作戦場文、
自註云六月十八日須賀谷有両上杉戦死者七百餘員馬亦数百疋
 又自註云九月廿五太田源六於平沢寺鎮守白山廟催詩歌會與敵壘相對風雅叶西俗無比様
  一戦乗勝勢尚加、白山古廟澤南涯、
  皆知次第有神助、九月如春月白花、 云々

次ニ宗長(そうちょう)トイヒケル才学ガモノセシ「東路土産*20」ニ「(上畧)鉢形(はちがた)ヲ立テ須賀谷(すがや)ト云所ニ至リ小泉掃部助(こいずみかもんのすけ)ノ宿所ニ逗留(とうりゅう)シ、其ホトリノ平澤寺ニシテ連歌(れんが)アリ、此寺ノ本尊ハ不動尊、池ニ古リタル松アリ(下畧)云々」以上孰(いずれ)レモ観古*21ニ興味ヲ有スル事共ニテ、如何ニ斯(かく)傍近*22ニ採(と)ルベキ資料ノ逸セル*23カヲ惜(おし)ム

稲村坦元先生原稿「菅谷村史」

*1:古刹(こさつ)…古い由緒のある寺。
*2:著(いちじ)ルキ…はっきりとわかる。
*3:伽藍(がらん)…寺の建築物。
*4:僅々(きんきん)…わずかな。
*5:隷堂(れいどう)…付属するお堂。
*6:書傳(しょでん)…書き伝え。古人が書き残した書物。
*7:徴(ちょう)シテ…見比べて考える。
*8:消息(しょうそく)…事情。変化するものごとのその時その時のありさま。
*9:懐古(かいこ)…昔の事を懐かしく思うこと。
*10:清趣妙味(せいしゅみょうみ)…けがれの無いすぐれたおもむき。
*11:関左(かんさ)…関東のこと。
*12:太田左金吾持資入道親子(おおたさきんごもちすけにゅうどうおやこ)…太田持資(道潅、1432-1486)と子の太田資康(すけやす、1476-1513)。左金吾は左衛門督(さえもんのかみ)の唐名。
*13:薬籠(やくろう)…薬箱の中にある薬品のように、いつでも必要なときに、自分の役に立ち、自由自在に使える人物。
*14:幕賓(ばくひん)…相談役となり、特別の待遇を受けている人。
*15:策士(さくし)…はかりごとをたくみにする人。
*16:萬里(ばんり)…万里集九(1428ー?)。室町中期の臨済宗の僧。後期五山文学の代表者。
*17:突出(とっしゅつ)…出し抜けに飛び出すこと。
*18:寓(ぐうす)…かりずまいする。
*19:云(うんぬん)…と云う。
*20:東路土産…東路の津登(あづまじのつと)。連歌師宗祇(そうぎ)の門人宗長(そうちょう)(1448-1532)が永正(えいしょう)6年(1509)東国を訪れた時の紀行文。「つと」というのはわらで作った包みのことで転じてみやげもののことも指す。「東路の津登」は「東国のお土産話」という意味。
*21:観古(かんこ)…古いことをしらべ見ること。
*22:傍近(ぼうきん)…近いところ。
*23:逸(いっ)セル…失う。

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