第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
流薬師堂 (ながれやくしどう)
大字志賀第一區川嶋ニアリ、世傳ニ云フ、往昔(おうせき)尊体ノ其初畠山荘司重忠奥方ノ守本尊ナリシガ、畠山家滅後ハ奈何(いかん)ナル処ニアリテヤ、一年洪水ノ為メ川嶋後郊市廼川(いちのかわ)大急曲ニ環涒*1セル澳頭*2ニ漂着シ大楢(おおなら)樹幹ノ叉跨*3ニ駐(とどま)リ懸(かか)リ在(あ)リタルモノ、時經(へ)テ由縁*4モ解(わか)リシヨリ其留地ニ近キ村人等(ら)一宇*5ヲ該着辺*6ニ建(た)テテ奉安祈願セルコト多年ノ後、浸災*7ヲ避(さ)ケシタメ現境内ニ奉遷シテ復(また)多年ヲ經タリ、尊体木彫長七八寸前地ハ艮位*8ニ二丁*9許(ばかり)籔林アリ、古薬師ト唱(とな)フ、現地ニ古碑存ス正和二年(1313)九月ノ字アリ餘ハ讀ミ難シ
稲村坦元先生原稿「菅谷村史」
附(つけたり)曰(いわく)當薬師尊楢(なら)樹ニトヾマリカヽリシ所ヨリ、其頃以来俗間「木カカリ薬師」ト唱傳*10セルヲ後ニハ訛(なま)リテ「キカズヤクシ」トスルハヒガ事*11ナリ
*1:環涒(かんとん)…まわりはきだすこと。
*2:澳頭(おうとう)…水の曲がりは入ったところの岸辺。
*3:叉跨(さこ)…また。
*4:由縁(ゆえん)…ゆかり。
*5:宇(う)…お堂。
*6:該着辺(がいちゃくへん)…その流れ着いた辺り。
*7:浸災(しんさい)…大水の被害。
*8:艮位(こんい)…うしとらの方角、東北。
*9:二丁(にちょう)…二町のこと。1町は109メートル。
*10:唱傳(しょうでん)…となえ伝えること。
*11:ヒガ事…僻事(ひがごと)、まちがったこと。