第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
鎌形志
鎌形ハ宿南槻川ヲ超(こ)エ都幾川ニ跨(またが)リテ大蔵ノ西ニ隣リ、其坤位*1玉川村大字田黒ニ近接セリ、俗説ニ傳(つた)ハレル清水冠者(かんじゃ)冐名*2ノ清水ナルモノ地續ニアリ、新記云清水ハ鎌形ノ南方ニアリテ竹薮(やぶ)ノ間ヨリ湧出*3セル小流ナリ、「木曽殿清水」トモ呼ベリ、旱魃*4ニモ水涸(かる)ルヽコト無シ、八幡社ハ村ノ鎮守ニシテ天正十九年(てんしょう)(1591)社殿ニ二十石ノ御朱印*5ヲ賜(たま)ハル、又當所ノ鐘ハ往時軍旅*6ニ奪ハレ、今秩父郡御堂村(現今大河原村ノ大字)浄蓮寺ノ寶器(ほうき)トナリ、銘ニ「上州*7緑野郡(みとのぐん)板倉郷円光寺鐘正慶(しょうけい)二年(1333)三月」云云(うんぬん)「武蔵比企郡釜形郷八幡宮鐘大檀那矢野安藝守(あきのかみ)文明(ぶんめい)十一年(1479)己亥(つちのとい)八月九日」ト彫(ほ)リタレバ、コレハ上野*8ニアリシヲ當所ヘ持来リ秩父郡ヘ轉(てん)ゼシナラム、サハアレ古社ノ證トハ為(なす)スベシ、又銅華鬘*9二ツヲ神寶トス、一ハ円径五寸五分弥陀*10ノ座像ヲ鋳出ス、傍(かたわら)ニ「安元(あんげん)二(1176)丙申(ひのえさる)天八月之吉清水冠者源義高(よしたか)」トアリ、一ハ円径四寸八分薬師*11ノ座像ヲ鋳出ス、左傍ニ「貞和四年(じょうわ)戊子(つちのえね)年(1348)七月日大工兼泰」トアリ(義高ハ木曽殿ノ子ニシテ大蔵帯刀先生(たちわきせんじょう)義賢ノ孫ニ當レリ)正記編ニ八幡廟ハ坂上将軍*12宇佐*13ヨリ遷齋(せんさい)シ、後代随時ノ大将軍等例ヲ追ヒ尊崇(そんすう)セラレシコト見エタリ、中ニモ八幡公*14ハ相州*15鎌倉ヘ同前ノ遷齋ヲセラレ、亦當鎌形モ称謂*16相似(あいに)テ既(すで)ニ斯(かく)尊神ノ盛盛威顕然(けんぜん)タルヨリ特ニ改メ奉賽(ほうさい)シ、武相*17ヲ聯(つら)ネテ源宗殊勝(しゅしょう)ノ畏敬(いけい)頂禮*18ヲ執(と)ラレシトゾ、由来(ゆらい)其間ノ消息(しょうそく)ヲ傳(つた)エタル一律アリ
詮似鎌倉遷鶴岡、武宗廟祀八幡皇、
暮天懸月齋場景、朝日将軍産水光、
懐昔勿来関北績、唯今凾嶺寨東香、
神前横都幾川潔、香合潨流沢墨陽、當鎌形ハ松山小川越生三方ヨリ縣道ノ通叉貼(つうさてん)ニシテ玉川ト菅谷トヲ縫ヒシ中間、戸数百五十七ノ大区ナリ
稲村坦元先生原稿「菅谷村史」
*1:坤位(こんい)…西南の方角。
*2:冐名(ぼうめい)…名をいつわること。
*3:湧出(ゆうしゅつ)…わきでること。
*4:旱魃(かんばつ)…ひでり。
*5:御朱印(ごしゅいん)…朱印をおした印判状。
*6:軍旅(ぐんりょ)…いくさ。
*7:上州(じょうしゅう)…群馬県。
*8:上野(こうずけ)…群馬県。
*9:華鬘(けまん)…仏前を荘厳にするために仏堂の内陣の欄間などにかける装飾。
*10:弥陀(みだ)…阿弥陀如来の略。
*11:薬師(やくし)…薬師如来の略。
*12:平安初期の武人、征夷大将軍となり「蝦夷(えぞ)征伐」に大功をたてた。
*13:宇佐(うさ)…宇佐八幡のこと。大分県宇佐にあり応仁天皇を祭る、八幡宮の総本山。
*14:源頼義のこと。1063年石清水八幡宮(京都)の分霊を鎌倉鶴岡に勧請した。
*15:相州(そうしゅう)…神奈川県。
*16:称謂(しょうい)…名称。
*17:武相(ぶそう)…武蔵と相模。
*18:頂禮(ちょらい)…インド古代の最敬礼。