ページの先頭

第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第8節:稲村坦元先生原稿「菅谷村史」

千手堂志

千手堂ハ東平坦ニ宿部菅谷ニ連リ、西嶺越ニ壷峡遠山ニ續キ、南槻川ヲ涯(かぎ)リテ鎌形ニ面シ、北阪谿*1ヲ逢フテ平沢ニ會シ、幅員大約*2五町四方陸田*3饒々*4叢林*5富之、比較的小安營ノ閑境タリ、若シ夫レ地先*6槻川橋梁ノ固定架設ヲ視(み)ル日アラバ是亦菅谷區ニ拮据*7ヲ宣スルモ遜色*8ナキ向上ノ時ナラン、昔宝暦(ほうれき)(1751-1764)以前ハ大岡越前守世禄*9ノ領地タリシ最モ好歳月ノ下ニ勤行(ごんぎょう)シタル後、清水領ヲ經テ直轄領ノ高序*10ニ達セルノ末維新ノ昭代*11ニ入リタルニテ、該區将来ノ樂望ヤ其日記ヲ繰(く)リテ期待セラルルモノアラン、此地ヤ遠通ニ聞エタル千手観世音アリ、其ガ堂塔ノ因リテ古村名ノ起リタリシヲ傳フ、中古当観音堂ニ鰐口*12アリ銘曰「奉施入武州比企郡千手堂鰐口大工越松本寛正二年(かんしょう)辛巳(かのとみ)(1461)十月十七日」願主釜形四郎五郎ト鋳刻シタルモノ是也、然(しか)ルニ其後間モ無ク奈何(いか)ニシテ轉遷*13セシカ、斯(この)古什宝*14ハ本州入間郡黒須村(現今豊岡町)蓮華院(れんげいん)内観音堂ニ在リト云フ、又此方千手堂ハ猶(なお)下リテ後幻室伊芳(げんしついほう)ナル一僧力ヲ盡シ一格ノ寺トナシ、普門山千手院(ふもんざんせんじゅいん)ト號ヲ進メタルヨリ當寺開山ト仰(あお)ガレ、天文十五年(てんぶん)(1546)二月朔日(ついたち)遷化*15セリ、教旨ハ曹洞宗ニシテ隣區遠山遠山寺末*16タリ、以上ニ據(よ)レバ此処モ亦数百歳往古ヨリノ人寰(じんかん)*17ナリ、銘中ノ大工「越*18松本」ハ北人ニシテ苗名ノミ識(しる)シ、願主釜形ハ鎌形人ニシテ、旧慣*19苗字ヲ省(はぶ)キ村ト名ノミ署セシモノナルベシ、千手堂戸数三十六有リ、百年以前ノ四十餘戸ニ照考*20セバ彼ノ碓嶺西外東信人中先衰後盛ヲ經過シタル的伏綿ノ主張ノ存セルニヤ

稲村坦元先生原稿「菅谷村史」

*1:阪谿(はんけい)…坂を成した渓谷
*2:大約(だいやく)…おおざっぱに
*3:陸田(りくでん)…はたけ
*4:饒々(じょうじょう)…豊かなさま
*5:叢林(そうりん)…木の群がっている林
*6:地先(じさき)…居住地または耕作地と地続きの野山や水面をいう語
*7:拮据(けっきょ)…せまる
*8:遜色(そんしょく)…みおとり
*9:世禄(せろく)…世襲の扶持
*10:高序(こうじょ)…高い順番
*11:昭代(しょうだい)…太平の世
*12:鰐口(わにくち)…社殿・仏堂の正面軒下に吊るす金属製の音響具
*13:轉遷(てんせん)…めぐり移る
*14:古什宝(こじゅうほう)…古い宝物
*15:遷化(せんげ)…高僧の死去
*16:末(まつ)…末寺(まつじ)のこと
*17:人の住むべき世
*18:越(えつ)…越州・越後のこと
*19:旧慣(きゅうかん)…昔からのしきたり
*20:照考(しょうこう)…つきあわせて考える

このページの先頭へ ▲