第6巻【近世・近代・現代編】- 第9章:戦争
前線慰問誌『比企』第1号 (1944)
郡下学生傑作集
冬の朝
菅谷国民学校高等科一年女子 M
月日のたつのは、夢の様とはよく言つたもので私も十五回の冬を迎へたのだ。
前線慰問誌『比企』第1号「郡下学生傑作集」 1944年(昭和19)5月
心好い眠りからふとさめた。なんと窓のガラスが白くなつてゐる。ほゝがすーとつめたくなる。あゝ冬だ。冬がくれば、夏がこひしい、夏がくれば冬がこひしい。
となりの屋根も真白である。青白い月の光がさして光つてゐる。もう雀が起きてゐるのであろう。家の屋根で時々雀の足音の様なことことことと音がする。裏の桐の枯れ葉や何か落るのであらう。かさかさとして一そう冬らしく、又寒いやうな感じが身にしみる。店の時計が四つなつた。まだ四時である。冬の四時では、まだ一面星でうずまつてゐるが、夏ではもう東の方が白くなるであろう。どこかで戸をあける音がする。あつ−そうだ今日は十四日ではないかあすは小正月だ。母も起きた。私も起きようと思つたがあまり寒いので狸寝入をしてゐた。餅をつく音に、目をさまされた。うとうとしたのだなと感じ又家でも餅をついてゐるのに感じた。私も起きて手つだつた。六時半だつた。餅つきを終つてかたづけをしてゐた。すると前の通りを十人位ではあはあしながら通つた。町の工場へ行く人だなとすぐ感じた。下駄の音だの、息をはずませたり歌をうたつたりとても一時にぎやかになつた。あれこれしてゐる内に七時半になつてしまつた。「行つてまゐります」の声も元気よく兄弟三人家を出た。皆あつまつた霜柱をふみながら登校だ、皆のはく息が白く煙のやうにはつきりとわかる。北風が私たちのほゝを無断でなぜて行く。時々は畑の土をまぜてもつてくる。あゝいやな冬だ。早く裸で居られる夏がやつてくるのがまち遠しい。秩父山が西の方にうねうねとして、寒がつてゐる私達を笑つてゐるやうである。からりと晴れた日本晴の日だ。たゞ一点西の方から東にかけての雲が、今日も寒い風を吹かせてやらぞと言つてゐるやうである。