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第6巻【近世・近代・現代編】- 第8章:女性の活動

第1節:婦人会

菅谷婦人会志賀支部 文集『あゆみ』1960

人生

            水野登志子

 我子を寝つかせ、そっと床を離れて門に立つ、今しも月は中天よりうす雲にさえぎられ淡き光を放ちつつ下界の動きを静視する如くに、一日の仕事より開放された一番私の心のたのしい自由な一時、月を眺め乍ら私は考へる、人生とは重荷を背負ふて歩むが如きものなりと、何処かで耳にしたけれど、全くさうなのだと……若き日の夢は甘過ぎたに相違はないけれど、一つとして実現しない現在現実のあまりの厳しさにややもすると負けそうになる折、強く心の中で叫ぶ古人の言「金殿玉楼にもたのしきことのみの非らず、草家ぼう屋にも苦しきことのみの非らずと」私は救くはれるのです。そうだ長い人生の旅にも苦楽はくり返されているのだと、木枯の吹きすさぶ厳冬の後には、花咲き鳥うたい、こちょう舞う、花園が展開されるものですもの、要は心の持ち方なのだと……縁先で初秋を感じさせる虫の音をあとに、私は静かに戸を閉めるのでした。

菅谷婦人会志賀支部『あゆみ』 1960年(昭和35)1月
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