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第6巻【近世・近代・現代編】- 第8章:女性の活動

第1節:婦人会

旧菅谷村

婦人会の創立総会開かる
      会長に根岸き女史

菅谷村婦人会の創立総会は二月十八日午後二時より開会、第一部音樂会で小中学校兒童生徒による音樂・舞踊・劇などが行はれ特別出演として柴崎眞澄嬢の舞踊藤娘があつて午後四時から総会に入つた。簾藤栄子女史の開会の辞、関根操女史の経過報告に続いて会則の議定、役員の選任が行はれ左【下】の役員を決定した。
会長  根岸き
副会長 関根操、水野ふさ子、簾藤栄子
支部長 中島サイ(菅谷)、島崎ゑつ(川島)、大川美津子(志賀)、小林まさ(平沢)、山下節子(遠山)、吉野なを(千手堂)、金子ふじ(鎌形)、新藤壽子(大藏)、福島やす(根岸)、福島たに(將軍沢)
新会長に就任した根岸婦人会長は就任挨拶に於て農村婦人の自主性、文化の向上、婦人会の在り方、村内夫人の親睦について婦人会の希望と決意を披瀝した後、会長は更に次の幹事、顧問を委嘱した。
顧問 高崎達藏、関根茂良、吉田熊吉、松崎五郎、小高正文。
幹事 矢ヶ崎文子、國立喜代子、岩附松子。
続いて來賓の祝辞があり、高崎村長、大野幸次郎村会議員、七郷村婦人会長、関根茂良社会教育委員会長、田幡順一PTA会長などがそれぞれ祝辞を述べ水野ふさ子女史の閉会の辞で会は五時十五分終了した。
この日子供連れの奥様連中から若い夫人に至るまで約二百名が集り盛会であつたが会長の挨拶は声が低いのと子供達が騒しいので後の方では全く聞きとれなかつた。「花も実もある婦人会を作りあげてゆきたい」と結んだ会長に次いで高崎村長は男女同権の思想を強調し婦人議員の進出を期待、大野議員は文化生活をするには金と時間の余裕がなければだめでこれには政治的解決を必要とすると自己の思想を展開したがこの頃からぽつぽつ帰りはじめ閉会式には薄暗くなつてその数を半減していた。

『菅谷村報道』12号 1951年(昭和26)4月10日
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