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第6巻【近世・近代・現代編】- 第7章:文芸・学術・スポーツ

第3節:スポーツ

武道

剣豪大塚氏の追悼大講演会

一代の剣豪にし、門下生二千余名を有し、昨年物故した比企郡宮前村月輪左右社大塚奓恵八氏は逝いて一年。明治十六年(1883)四月左右社を創設し、爾来五十年、日本精神宣揚に八十の老躯をいとはず青年指導鞭撻に終始した老師の為めに吉野多三郎、宮崎貞吉、島﨑里次郎、山岸徳太郎氏等主催となり宮前村菅谷村男女青年団、菅谷村精武会【尚武会?】が後援となって、三十日午後一時から菅谷第一小学校に於て追悼講演会を催して故人の遺業である左右社の陣容を整へ、遺業の再認識を新たにしたが、聴講者多数、盛会を極めた。当日の講演者は、県農会長文学士石坂養平先生、日本農士学校検校菅原兵治先生、松山中学校長木原元三先生、松山警察署長加藤幸助殿、陸軍中将四天王延孝閣下。

『埼玉日報』1933年(昭和8)10月1日
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