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第6巻【近世・近代・現代編】- 第7章:文芸・学術・スポーツ

第1節:俳句・短歌

嵐山町の俳人達

明治・大正期の嵐山町の俳人達1


はじめに

       根岸渡

 嵐山町大蔵・大沢知助家文書15点、古里・安藤武家文書13点、その他3点の資料から、町内の各大字単位に俳号をまとめてみた。
 この流派であるが、夜雪庵金羅系である。春秋庵有柳、幹雄の加ったものもあり、この夜雪庵、春秋庵二流が一緒になって盛んであったと思われる。たゞし、これは二家に残る資料からだけで言っているので他派はないと否定しているのではない。ただ、江戸時代から続く発句の系統が明治期に至るも連綿と続いていると言うことである。
 内容は社寺の奉額が11と圧倒的に多く、特に神社の多いのは時代の反映であろう。他に追福、快気、新築、立机、掛額等々であるが、入営祝賀句集もある。
 嵐山町に関しては、古里、吉田、越畑、勝田、広野、杉山、菅谷、志賀、平沢、遠山、千手堂、鎌形、大蔵、川島の名が見える。この中で、吉田と言う地名は川越にもあり、又平沢は日高にもあり、この区別は判然とはつけ難い。宮前村が企画した句会に川島と言う地名が載るが、川島は蓮田市にもある。併し他の参加郷を比較するに蓮田市辺から参加したとは到底考えられぬので菅谷村の川島に間違いあるまいと判断した。俳号については本名のわかるものが極めて少ないのが残念である。


古里

 俳号
一花、一工、一枝、一穂、一仙、一豊、喜山、暁月、古洲、古仙、算楽、春鳥、松月、松泉、松竹、新月、雪山、千平、善翠、田代、藤翁、梅雲、梅花、梅水、米光、友鴻、葉翠、蘿月、林鳥、和楽

 古洲 安藤金蔵 野守亭、俵雪庵
   鰐口にたらぬ力や辻の花
   衣籠の薬匂ふや夏羽織
   粥煮るやわら火の消てきりぎりす
   艸に木に春を任せて竹の秋
   貧しくも馬は肥して■の主
   陰膳に物念ふ母や秋の夕
   きぬきぬの有明月や郭公
   経し年の知れぬ齢や松の花
   破れたる垣の力やからす瓜
   寝かへれば夢の逃たる布団哉
   蕣(アサガホ)や朝起好きのきれい好き
   雨の夜や起して直路おしへけり
   遠近人(オチコチ)に親しみ多し花の友

 林鳥 飯島左介 喜楽亭
   堤み行稲荷の絵くるや辻の花
   浜萩や今は物うき時雨かな
   春風や日は高けれど京泊り
   月の空はなもて広き世界かな
   何故に寝て明たぞ雪の朝からす
   義の雪の道なり深し渡し守
   追かけて貸すや吹雪の隠れみの
   糖袋曳て往にけり嫁の君
   寒梅や海老の髭出す魚籠
   どの花へ寝しぞ夜明の旅烏
   人声の遠くを曇る桜かな
   白きはら見せつ裾野の時鳥
   雪よりも重き雫や萩の花
   二の声は須磨の浦辺の時鳥
   ■執の神の稜威なり松の花
   雪よりも雨に重たき柳かな
   光陰の矢の射落しか梧一葉
   追出した蛙は青し花のゑだ
   殊更に香もあり庵の白牡丹

 松月 木村松吉 松声(静)亭
   陽炎や笹湯の匂ふ神の庭
   仮名文字は倭の花と呼始

 ■執神社奉額
   思ひいる先つ雨の日や種おろし    野守亭
       最はや蛙のいさきよう啼   喜楽亭
   春の雨農を打つ友の集りて      松静亭
       貸して遣るほど灯提のなし    野
   焚燃りありありと立里の月        楽
       去年も今年も秋の豊かさ     静
   神鏡にきらりと移る渡り鳥        野
       どの見せ物も札場こみ合ふ    楽
   笑わるる程に浴衣の綻びて        静
       そっと手拵る湯上りの客     野
   陸往けば遠きに近き舟便り        楽
       世の善衆を交せる新夢      静
   指さきを度々焙る冬の月         野
       あられはらはら当る丸窓     楽
   どちらから見ても表の不二の山      静
       足 はかり揃ふ長閑さ     古洲
   花の頃千年の松も若かへり       林鳥
       いとど目出たき引鶴の夢    松月

 大洲
   尽く事や馬の引する稲の丈

 一花
   春雨や京に二日の旅保養
   燈の細りて寒き霜夜哉
   寒梅や海老の髭出す肴籠
   秋寂も見えぬ■執の社哉
   ■執社の御鏡清しけさの春
   松立枕を高う寝る夜かな
   子に春を寝咄しにする師走哉
   杜若咲へ(き→い)て傘を開きけり
   穂揃の披露目出たし稲の花
   乳を握る子の手冷たく鳫の声
   楽しさや我も花見の人の数
   鹿鳴くや我が心ろ(ママ)より細る月
   夕月や竹の雫のおちるまで
   寒梅や破魔弓造る椽(?)のさき
   簑虫の簑から濡るる時雨哉
   碁の敵の夜打に来り雨の月

 善翠
   下手のさす掉おもしろし月見船
   魂を花に願て遊ひけり
   花見から親しき友に月見かな
   落ちるかと見れば影なり月の雁
   水鳥の足に涼たき月日哉
   紫陽花の存もと見ぬ世の七五町
   咲く中に莟の若き椿かな 莟→蕾
   咲き足らぬ方から暮れて梅の花
   松風の跡追って来る時雨かな
   水鳥の足に隙なき月日かな

 梅花
   冷るのは朝の旅なり梅の花
   出て見れば何事もなし秋の風
   借りる身に成って貸さむや雪の宿
   鴬の鳴き崩しけり朝の雲
   心まで びて神の かな

 米光
   菰着ても富貴の名あり冬牡丹
   当り稲敷島中に光る風

 春鳥
   堪忍の胸より深し雪の竹
   嬉しさの余る羽音や起鳥
   降る雪も雫と成りぬ春の梅
   豊かなる年の祭りや里神楽
   すゞしさや青田からくる風の浪

 友鴻
   竹の子の石を動かす力かな
   原中や雲巻に見出す昼の月
   参れとして道を作るや野の清水

 藤翁
   風なりに矢先を向る案山子哉
   寒霜や愚かや庭の福寿草

 一豊
   女子さへ馬曳里や閑古鳥
   社にも掃除届て今朝の春

 新月
   鹿啼や心も疲る夜半の月
   松風に心も添へて神迎

 暁月
   黄鳥の声も貴し神の山

 蘿月
   人の浪立つや社の里神楽

 梅翠
   親も子もひるに揃ふて年始め

 葉翠
   夕立や葉を立直す野辺の草

 一工
   梅が香をほのかに琴の調べかな

 一穂 安藤幸蔵 俵雪庵二世
   定まらず吹くも風情や春の風

 喜山
   身を風にまかせて戦く桃かな

 雪山
   袴着や鳥居を潜る朝の内

 梅雲
   錦して紅葉流るる立田川

 田代
   里にさへ殊心ある様被かな

 松泉
    らしやせめて掃除の届くまで

 千平
   国君の為に寝もせず霜夜かな

 和楽
   孝行の徳や清水に酒の味

 古仙
   雪の中に散り込さくらかな

 算楽
   算術に倦まず夜長の枕かな


吉田

 俳号 一暁 林遊

 一暁 藤野喜一郎 藤皐亭
   夕■や矢来の古きふしん小屋
   はつ花や誰が来て蒔し歌の種
   萩の戸や只人ならぬ書の作り
   高い木は暮るるも遅き紅葉かな
   大きなる物のかざりや露の玉
   物影の尖々(トガトガ)しさや冬の月
   葛水(クズミズ)に魂ひとつ拾ひけり
   雪達磨旭に向て笑ひけり
   明月や海にをさまる海のおき
   氷る夜や豆腐切るにも音のある
   苔の花月日もうとき処哉
   深草の夜を啼明す鶉哉
   餌にあせる鳥とは見えす時鳥
   三本の影いさましき幟哉
   初花といふうちあとも開き鳧
   いたくよう年は立けり五十鈴川
   寒月や一段高き神の杉
   深草の夜を鳴き明す鶉かな
   ふか艸の夜を啼明す鶉哉
   箒目の末広形や妻の庭
   迷ひ児を見送る秋の夕べ哉
   嶋の灯の見ゆる夜もあり簟(タカムシロ)

 林遊
   今の入る言葉遣ひや松の内
   馬の舌洗ふ水あり木下闇
   糸藤の長き希や凩
   馬の舌洗ふ水あり夏木立

 茶水
   三居士の手向仕つらん蓮の花
   蚊柱のたつや軒端の小糠雨
   親あればこそ戻りけり夜の雪


越畑

 俳号 花蝶 花弄 香光 玉晃 紅雲 山石 松花
    清流 一川

 一川
   人去て花も眠るか薄月夜
   聞は皆別な声なり花千鳥
   近よれば花になりけり山の雲
   走入たる鴨の背にさす夕日哉

 雨水
   つゝがなく夜は明にけり芥子の花
   丁度よい頃もころなり初さくら
   山吹や稲田へ落る水の音
   絵日傘や持草臥て横くるま

 清流
   木雫に消る火縄や閑古鳥
   涼しさやあさ観音に夕薬師

 松花
   花にさへ一重は清し筑摩鍋
   飛びついた蛙も青し燕子花

 花葉
   餅搗や一番鶏に二番臼
   師走ではないかと起す朝寝哉

 花弄
   突負て背の子をおろす手鞠哉
   雨あした日脚のからむ時雨哉

 山石
   よくよくの事かと聞けば雪見哉

 香光
   鬼を出す顔つきもせず傀儡師

 玉晃
   抱籠や柳も知らぬ風の肌

 紅雲
   莞爾と笑顔見せけり
   紅梅や気楽二人の住所

 嘉静
   旭の昇迄なり蓮の花見船


勝田

 俳号 如昇 池水 飛代

 如昇 田中太蔵 夜秋庵 古雪庵
   寝おしむや翌日は桜に見せる髪
   鎗は錆ても名はさびす榾の主
   智は盗まるる患なし榾の主
   頓て豊に羽を伸す鶴か祝の子
   玉鉢の纏う笠簑や鳴千鳥  簑―蓑
   頓(やが)て咲く椛(もみぢ)の花や三日の月
   雪障(さはら)むや旅僧一人り馬の上
   月丸し花のまことを見るゆふべ
   掛乞の方でもいふや不仕合
   明る戸に鍵音高し庫開き
   傘張の借る明地や菫艸
   寝た鳥の羽を組直す夜寒哉
   鈴の音絶ぬ社や松に鳥
   思ひあふ中とは見えずうかれ猫
   何もなき空にかくるる雲雀哉
   喓々虫吏(つかさ)見心魂尽んとす
   火は虫に魚は猫に取られけり
   笹子鳴や梅は日向に片靨

 池水
   畄守せよと猫撫て出る凉(すゞみ)哉
   凩や何処から吹て何処の果
   あし火たく伏家も花の主哉

 飛代
   ほととぎす疂に酒を呑れけり

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