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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第3節:日記

昭和24年(1949)の日記から[根岸 小沢スミ]


昭和二十四年実行
一、常に明るく明朗であるべき事
二、質素にして廉潔なるべき事
三、温和にして容儀をととのうべき事
四、言葉使いは丁寧に何時もやさしくある事

一月八日 晴
 洋裁学校のお友達、青梅の田中さんが遊びにきた。背広の理論や色々な事を教えてくれた。二晩とまって帰った。
 こんな淋しい田舎で一生を暮すの何て言はれてしまった。

二月十六日 晴
 母のモンペが出来たので家に届けに行った。丁度玉川会館で母という映画があったので母と隣の人達と見に行った。何時になっても母っていゝものです。
 一晩とまって次の朝帰った。

二月二十日 晴
 今日は観音様。朝から掃除で忙しかった。ウドンをぶって居ると春代と巡子と和田の母が歩いてきた。巡子が恥しがりやなので中に入ってきなかった。ようやく家に入れた。お昼食を食べさせた。お芝居も見ないで帰ってしまった。
 後をついて行きたかったけどお客様で忙しく行く事が出来ないで残念だった。

四月二十三日 小雨
 雨降りて何故かゆうつになりし我
  出でし夫をしばし恨めり

四月二十五日 晴
 人の為出でし夫を我は又
     淋しく帰りを待ちわびる

四月二十六日 晴
 何となく夫の留守の淋しさに
     涙こぼるる今日の我かな

四月二十七日 小雨
 我が心知ってか知らぬか春風よ
     そ知らぬふりで今日も出で行く

四月二十八日 晴
 今日も又早十一時過ぐものを
     夫の帰りを待ちわびて眠る

四月二十九日 晴
 草や木も芽ばえてうれし春の宵
     まけないと自分の心と朝に勝つ

四月三十日 晴
 映画みに夫とつれ立つ春の宵

五月一日 晴
 北風の寒さいとはず茶畑の
     手入にはげむ夫ぞうれしき

五月二日 晴
 ウラウラと照れる春日に今日も又
     心悲しき一人思えば
 牛洗う夫の顔もどろだらけ

五月三日
 雨雲り風さわやかに吹ききたる
     寒さゆるみてミシン踏む我

五月四日
 今日も又夫の心こめ
     つくろう我の幸はいかなり

五月五日
 床の間にお花をいける我が胸に
     ふと夫の唄流れくる朝

五月八日
 幾日か帰りそこねて我が夫の
     静かに待てる眼差にあう

五月九日
 春の日や病みし母上縁(えん)に出て
     服ぬう我れをじっと見つめる

五月十日
 はだ着にて春のかをりをまんきつし
     白雲うかぶぽかぽかようき

五月十一日
 病む姉のリンゴ買い行く病室に
     我が健康をしばしよろこぶ

五月十五日
 病院の姉の看護も早五日
     退院の日をしばし祈らん

五月二十五日
 久方に夫と二人でくはかたげ
     耕す土も夕陽に終(お)えて

五月二十六日
 かろやかにいで行く夫を見送りて
     我母上とお茶をつむなり

五月二十七日
 行く春になごりをおしむ木のみどり

五月二十八日
 種まきを終りてほっとながむれば
     太陽大きく今しづみゆく

五月二十九日
 静かなる心を持ちし我が夫と
     畑に行くのもたのしかりけり

五月三十日
 昼を持ちて被害調査に行く夫を
     我は淋しく見送りにけり

五月三十一日
 今日も又被害調査に行く夫を
     送りてなぜか涙流るる

六月一日
 何時の間に早六月になりにけり
     農繁期をば一人思えり

六月二日
 汗流し鍬ふる我をいたわりの
     言葉になほも我ははげみぬ

六月三日 晴
 畑仕事今日も暑さに疲れはて
     夫の後をば重足運ぶ

六月四日 晴
 麦刈をやうやく終えて何時しかに
     夕日しずかに流れ行くなり

六月五日 雲
 よき夢にさめたる朝は何時よりも
     やゝお白粉も濃くなじみけり

六月六日 小雨
 俵あみ時計見つつあむ夫

六月七日 雨
 雨降りて今日も俵をあむ夫

六月八日 雨
 雨降りて子が集りし観世音

六月九日 雨
 降り続く雨もいとはず畑仕事
     出で行く夫を見つつ悲しき

六月十日 雨雲
 久方に我が古里の父母の家
     帰りて見ればあまえて見たき

六月十八日 晴
 雨あがりさあ働かん土の香(カオリ)と

六月十九日 晴
 すこやかに働く身には憂あり
     朝な夕なに喜びのわく

六月二十日 雨
 やむべくも見えず降り行く外の雨
     なぜか悲しく泣きたくもなる

六月二十三日 雨
 灯を消せば静かにきこゆる雨の音
     夫と二人の枕辺に

六月二十四日
 今日も又夫と農事にはげまんと
     モンペのひもを固く結びぬ

六月二十五日
 雨やみて雨戸をゆする風強し
     じっと見つめる夫の寝顔を

六月二十七日
 一日の疲れもしばし忘れつゝ
     明るき夫の言ばうれしい

六月二十八日
 夫と二人で黙しつゝ帰る道に
     夕風涼しく日は落ちにけり

七月一日
 今日も又一日過ぎぬ日めくりに
     母となる日を我はかぞえる

七月二日
 川上で苗をゆすぎし田植時の
     流れは早くにごりけるかな

七月三日
 疲れたる身を休めつゝ思はるる
     今日治療せし夫のオデキを

七月九日
 我が夫の明るき日々をしみじみと
     心うれしく仕事にはげむ

七月十日
 よみあきて顔を上げれば観音堂
     かねの音ひゞく淋しくきこゆ

七月十三日
 つつがなく今日も終りぬ有難き
     夕日おがみて感謝捧げる

七月二十日
 すこやかな身を喜びて今日も又
     心明るく畑に出で行く

八月六日
 苦しみも悲しみもみなたへゆかん
     今日此の頃の我の生活
野菊によせて
 美しき花にあらねど
 つつましくやさしく
 田の畦道に咲きにほう
 うすむらさきの野菊よ
 この花を何ともすきだった
 南京時代の友達よ
 はげしきいくさに傷つきし
 勇士の看護を共にした
 南京時代が今日も又なつかしく
 思い出されて悲しくもなる
 きよらかな赤十字旗の下に
 むすんだ縁の思い出は
 何時までも続く果しなく
 又美しく
 野菊をながめてやさしき
 友の姿浮びぬ

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