第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし
権田本市『吾が「人生の想い出」』
第三部 青年時代
徴兵検査
愈々本番の徴兵検査。男子として又一人前としても認められる時期でもある。検査官は軍医である。そして検査司令官。気分も自然かたくなる。先ず全裸体となり名簿一枚を持って身長、体重、耳鼻科、目、梅毒(ばいどく)、内臓、手五本指満足かなど、それは細かに調べられる。若し梅毒などある人は特に怒られ、後日再検査まで受けさせられるとか(余り後の事は解からない)。最後に司令官の前に立った。其の時相手をよく見た。先ず第一声が、「うんいい身体だ」。甲種合格の宣言を受けた。此々で甲種か、乙種か、丙種かがきまる。同じ甲種でも籤逃れ(くじのがれ)と云って兵役に服さないで済む人も出るのである。甲種合格と申し渡された瞬間、やった男子としての本懐此の上なし。大きく肩で息をしたと云うより深く息を吸い込んだ。そして検査も終了。書類等、村役場の立会人が持ち帰り、やがて入隊か籤逃れかが通知される。検査も終って一人前と認められ、しかも甲種合格。酒、タバコが公に戴ける事になった。今のように成年式もなく他から祝福を受けた覚えも無い。此の日ばかりはと安心して小川の町で騒いだ事も少しは記憶にある。騒いだと云っても芸者まで上げるお金は無い。喫茶店などで呑み歩いた程度だったと思うよ。コーヒーは一パイ十銭位、お酒は一本十五銭位と記憶する。此の頃よく歌われたのが「赤城の子守唄」だったと思う。だから随分長く歌い継がれて来た事になる。今でも歌を聞くと当時を思い出す事もある。
権田本市『吾が「人生の思い出」』 1989年(平成1)8月発行 22頁〜23頁