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第6巻【近世・近代・現代編】- 第6章:くらし

第1節:ひと・生活

部落めぐりあるき

昔を今に

部落めぐりあるき 序

 「國敗れて山河あり」とは東洋の詩人の言葉であるが、げにとこしへに変らざるものは自然の姿のみであろう。清らかな川や美しい山に囲まれた私たちの郷土に過去何千年の間いかに多くの人々が生き且死んで行つたことであらう。さうした人々の生活記録、云はば民衆の歴史は華やかな戦場の武士達の影に消え失せてしまつてしのぶことさえもできない。私たちの祖先が、名もなき人々が、この土地で如何に生活し、如何に働いてきたか、さうしてそのやうな時代とはどんな風土であつたかは、僅かに年老いた人々の口に語り草として傳へられてゐるだけであり、然も遠い日のことは知るべくもない。だが私たちのささやかな生活の端々に、なにげない言葉の一片に、或はさりげない日常の慣習に、地名や呼名に、年中行事に、更には自然の一木一草に、私たちの遠い祖先の血が脈々と流れてゐるのである。
 今日生きてゐる年老いた人々は、明治の代に生まれた人々ばかりである。でもそれらの人々に私たちはありし日の私たちの村の姿を尋ねることができるであらう。更にはそれらの人々が遠い日のことゝして語り傳へられてきた数々の物語を聞くことが出来るであらう。さうして私たちは、私たちの郷土の歩みを云はゞ歴史の影の部分を知ることができるであらう。かうした歴史の影の部分を記録に留め更にその生活史的意義を解明してみたい念願でこの「部落めぐりあるき」の企てを起こしたのである。これは一つの「思ひ出の記」である。村人の心の奥底に秘められたささやかな懐古録である。さうして菅谷村の現代的風土記である私たちの郷土の史蹟はすでに多くの研究家によつて記録に留められてゐる。だが民衆の歎きや、喜びや、苦悩やが時の流れという懐古のヴエールを通して眺められた時、たゞ懐かしい思いを以て甦つてくる民衆の生活史、民俗史は何等残されてはゐない。私たちはかうした私たちの歴史を自らの手によつて書き綴つて置く必要があるであらう。それは私たち祖先へとつながるものであり、更に私たちの子孫への贈物ともなるからである。
 私たちは、私たちが、現在生き且(かつ)働いてゐるこの土地を「ふるさと」としてこよなく愛するものである。今回、報道委員会の編輯部がこのやうな企画を建てたのも実に愛郷の心から他ならない。我々は多くの人々がこの企てに廣く協力され、進んで資料と意見を提供して下さることを心から願つて止まない。
  一九五〇年十一月二十日
             菅谷村報道委員会編輯部

『菅谷村報道』9号「昔を今に」 1950年(昭和25)11月25日
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