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第6巻【近世・近代・現代編】- 第3章:産業・観光

第5節:商工業

大正末期の観光案内(鬼鎮神社)と掲載広告(料理・旅館、製菓)

一、村社 鬼鎮神社

比企郡菅谷村大字川島に在り、当町【松山町、現・東松山市】より西方一里余、東武鉄道東上線菅谷駅下車仝駅より僅かに五町なり。
祭神は衝立久那斗命、八衢比古命、八衢比賣命にして、今より七百余年前、安徳天皇の御宇寿永元年(1182)菅谷城に建設したるものなり。
祠宇の周囲は老杉、古松蓊鬱(おううつ)として繁茂し真に幽邃(ゆうすいしんのう)、之れに賽(さい)するもの誰か神霊の儼然(げんぜん)たるを覚えざらん、毎年初春の百花研美の季又は仲秋賞月の候、四時近郷は言はずもがな、遠く数十里の所より特に参拝するもの絶ゆる事なし。
現社掌は河野要氏なり。

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『発展の武州松山』50頁 1925年(大正14)
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