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第6巻【近世・近代・現代編】- 第3章:産業・観光

第4節:養蚕・畜産

養蚕

研究心と努力の桑作り

比企郡嵐山町大字吉田 藤野守一(38歳) 

○藤野さんの住むところ

 比企郡嵐山町七郷地区に入ると周囲の山の状況が急に変ってくるのがひと目でわかる。丘陵といっても山は高く、傾斜は強い。そしてくずれ落ちた山肌の色は赤い。この地方特有の粘土質が露出しているからである。
  昭和42年(1967)度、県養連主催第20回桑園多収穫競技会で1等1席に選ばれた藤野守一さんの家はこんな地形のまんなかに建てられている。この辺に は谷が多い。谷にそって人家が立ち並んでいるのだが、藤野さんの家も山ふところに抱かれるように母屋、蚕室、納屋、ビニールハウスなど、見るからに大養蚕 家らしい風貌をととのえ丘陵高台にある。
 家族は藤野さん夫婦、70歳の坂を越した両親、こども4人の8人である。家族の人たちは山村に住む人のよさ、温和さという印象が訪ねる人たちの肌に感じられるのが第一印象で、山村比企丘陵にはぐくまれた鷹揚さに溢れていて気持が良い。

○悪条件のなかの多収穫者

 1等1席の養蚕成績は10アール当り230.32キロで、条件の悪い土 地、複雑な地形を克服した桑園多収穫者として注目された。と云うのは今まで競技会の上位を占めた人達は土壌の肥沃な地方に限られ、家の周囲に大部分の桑園 を持っていると云う好条件がその成績を大きく左右していた。養蚕の移り変りは養蚕意欲の程度によって規模拡大へと多収穫好成績者が変化したものの、土壌条 件は決して悪くはなかった。藤野さんが1等1席を獲得したのは、こうした意味で意義深い。

○守一さんのおいたち

 藤野守一さんは、今働き盛りの専業養蚕家である。
 守一さんが本格的に養蚕に取りくんだのは、家の経営をまかされた、昭和38年(1963)からだから、まだ6年しか経ていない。この間に繭生産量を倍以上にふやし反収埼玉県一、村内多収繭者の第2位に到達したのである。この事だけでも守一さんの努力がうかがわれよう。
  守一さんは村の国民学校を卒業するとすぐ、入間郡鶴ヶ島村の農事講習所(現在の農業経営伝習場)に入所した。昭和20年(1945)のことで1年間の講習 生活は、殆んど実習、勤労奉仕で、みっちりと農業の実際をたたきこまれ、帰村後は、父母をたすけて農業を行なうことになったのである。

○蚕業青年研究会と藤野さん

 しかし守一さんの家の経営面積は決して広いほうでなく、代々が建具職と 兼業であったから、守一さんも10年ほどは、冬期間大工やら建具製作に従事して農業は繁忙期の手伝い位であった。しかし蚕業青年研修や村の農事研究会に参 加して研修をおこたらなかった。蚕業青年研究会に入会した守一さんは先づ養蚕簿記の記帳、村の中堅青年として、村の産業である養蚕をどのようにして発展さ せるかなど、研究会員として種々なプロジェクトをつくって研究した。研究会員として栃木、福島など養蚕の先進地といわれる地方を、また県内養蚕篤農家など 訪問して桑園づくり、省力養蚕など視察した。現在藤野さんの桑園の中で最も能率的な主力桑園も栃木式の無挙中刈桑園を応用したものである。

○寡黙の人、守一さん

 守一さんは極めて温厚、篤実で寡黙の人であるが、その意見は実際の経験をもとにしているだけに体験発表会等では人をして耳をかたむけさせる力が強いし、蚕業青年研究会等の中心として会の運営にも他の人の信頼を得て地区の発展に大きく寄与しているのである。
  守一さんが一家の中心となってから、経営を切りかえ、木工関係を余技とし、すべてを養蚕の拡大にふりむけてきた。すなわち桑園の改植、中刈多挙仕立の採 用、専用桑園の設置、落葉利用による土壌改良などによる生産力の増加につとめており、地味ではあるが着々と効果をあげている。

○努力で生産をあげる

 藤野さんの経営は決して派手ではない。大面積に新植して一挙にのびようとするのではなく、土地の生産力を最大に発揮させるゆき方である。
 これは藤野さんの住む嵐山町吉田の地域にもう桑園造成の余地が少ないことにもよるのであるが、面積当りの多収穫を上げて行く経営方針は土地の広さに制限のある多くの農家の場合にも容易にとり入れることの出来るごく基本的な方策である。
 ただ、多くの場合色々の対策が継続して行なわれなかったり、又は色々の技術が総合的に行なわれないのであるが、藤野さんは着実に、地道に各種の技術のつみかさねを行ってきたのである。平凡な技術のつみかさねで非凡な経営にしたのが、特色なのである。
  しかし面積あたりの収量増加もやはり限度があるため、すでに幾人かの仲間と共に所有山林を開こんして集団桑園を造成するよう話合いが進んでおり、共同飼育 所の建設と共にさらに養蚕の拡大を行ない、次は1,500kg収繭を目標として努力してゆきたいと語っていた。地域青年農家の推進者として活躍され1日も 早く目標を達成されるよう期待している。

○経営の概況

1.家族構成と農業従事者
続柄年令 職業 備考
(役員、経歴、その他)
  農業従事程度(常時、農繁期のみ等)農業従事の内容(勤務先、出稼等)年間農業従事日数
      
本人 38 年間  300七郷蚕業青年研究会副会長
40   300 
72 時々  15 
70   15 
子供 4人(高校、中学、小学)   
8人    
2.耕地
区分面積
田 一毛 30a
田 二毛 35a
65
10
桑園 55
その他 
樹園地 
130
山林 100
3.主な農業施設(含農機具)
種類規模・台数
鉄骨蚕舎 20坪
納屋 30
物置 20
自動車 1台
自動毛羽取 1
耕耘機 1
トレーラー 1
脱穀機 1
籾摺機 1
乾燥機 1
動力草刈機 1
ミスト 1
4.作付面積、家畜の飼養頭羽数
作物・家畜名面積・頭羽数
乳牛 1頭
55a
65
30
野菜 10
5.農業所得の概要
項目 金額
   万円
農業収入 乳代 102
29
8
7
雑収 3
149
農業経営費 53
農業所得 96
『若い農業経営者の群像』89頁〜90頁 埼玉県農業祭開催委員会, 1968年12月
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