第6巻【近世・近代・現代編】- 第2章:政治・行政
ー報道委員会発行のー 嵐山町『報道』は
ー嵐山町が発行するー 嵐山町広報『嵐山』に生まれ変わりました!!「報道」と「お知らせ版*1」が統合され毎月1日と15日の2回発行になります。
「報道」から「広報」へ
嵐山町長 関根昭二
「報道」として長い間皆さんに親しまれてまいりました嵐山町の広報紙も、時代の流れとともに新しい装いをもって登場することになりました。
嵐山町「報道」は昭和二十五年四月、第一号を発刊以来、平成九年四月まで四六六号の歴史を刻んでまいりました。それは当時アメリカ連合軍の支配下にあった日本の地方自治体の住民に「地方自治の政治」を客観的に知らせる役目と住民の声を政治に反映させる役目とをもった民主々義の理念から課せられたものでありました。従ってどこの市町村でも発行されましたが、たちまち消え失せてしまったのであります。わが村のみは命脈を保ってきました。この間多くの方々が編集に参加して下さいましたが、その努力は高く評価されるべきものと思います。
今日、いずれの市町村でも広報紙を発行しております。広聴広報の仕事は、地方自治体にとって極めて重要な役割を持つに至りました。嵐山町「報道」のように独り孤高の精神を堅持してゆくことは、許されなくなりました。
もはやその役割は終ったものと思っております。広報紙のかおをどうそよろしく!
嵐山町広報『嵐山』1号 1997年(平成9)5月1日
嵐の字の中に虫の字があります。虫の変りに嵐山町のシンボルであるオオムラサキの図柄を入れました。
山の下の字には、さいたま緑のトラスト3号地に指定された嵐山渓谷(槻川)の流れを入れました。
*1:その後、毎月15日発行のお知らせ版は、2003年度(平成15年度)から廃止となった。