ページの先頭

第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第6節:菅谷村郷土誌

第二編 人文界

第三章 衛生

第一節 衛生組合ノ沿革

衛生組合ハ明治三十一年(1898)七月ノ設立ニシテ、菅谷組六十七戸、志賀組百四十四戸、平沢組四十七戸、千手堂組三十六戸、遠山組二十九戸、鎌形組百五十七戸、大蔵組七十四戸、根岸組十四戸、将軍沢組三十戸アリ。各組ニ組長及代理者各一名アリ。春秋二回大清潔法ヲ行フ。サレバ一般ニ衛生思想普及シ、近来傅染病患者ヲ生ゼズ。隔離病舎ト■ハ設置セラレザレドモ各大字ニ収容所ヲ設ケアリ

傅染病累年表

明治四十二年(1909)年度
 腸窒扶斯(チフス)病患者数一 死亡一
明治四十三年(1910)度
 腸窒扶斯病患者数二 死亡二
 実布垤里(ジフテリア)及格魯布(クルップ)患者数二 死亡一 全治一


第二節 醫師

村医
 菅谷第一尋常高等小學校 岩田六郎
 菅谷第二尋常小學校 岩田六郎


第三節 飲料供給

本ノ飲料水ハ概ネ良好ニシテ井水ヲ用フル者多シ

『菅谷村の郷土誌』1912年(明治45)?
このページの先頭へ ▲