第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
比企郡 (十)
志賀村(比企郡菅谷村大字志賀)*1
志賀村(しがむら)ハ菅谷(すがや)村ノ内ナレバ江戸ヨリノ行程(こうてい)前村*2ニ同ク、又郷庄領(ごうしょうりょう)ノ唱(とな)エモナシ。ソノ分村(ぶんそん)セシハ寛文(かんぶん)年中(1661-1673)ナリト云フ。サレバ正保年中(1644-1648)ノ国図*3ニハ此村名見エズ。元祿(1688-1704)改定ノ図*4ニ始テ出タリ。爰(ここ)モ隣村*5ト共ニ人馬次立(つぎたて)ヲナセリ。村名古ハ四ヶ村ト書キタリシト。イツノ頃ヨリ今ノ文字ニ改リシト云フハ詳(つまびらか)ナラズ。民家百二十、少シク宿並ヲナセリ。東ハ太郎丸(たろうまる)・月輪(つきのわ)ノ二村ニトナリ、南ハ菅谷村(すがやむら)・千手堂(せんじゅどう)・平沢(ひらさわ)ノ三村ニシテ、西ハ下里(しもざと)・中爪(なかつめ)ノ二村ニ続キ、北ハ市ノ川(いちのかわ)ニ限リテ杉山村ニ界(さか)ヘリ。東西二十町南北十町許(ばか)リ。コヽモ古ヘ岡部太郎作*6ノ采地*7ナリシガ、明和(めいわ)九年(1772)上リテ*8御料所(ごりょうしょ)トナリ、安永(あんえい)九年(1780)秋元但馬守*9ニ賜リ、今モ子孫左衛門佐領セリ。検地ハ前村*10ニ同ジ。
*1:現・比企郡嵐山町大字志賀
*2:菅谷村と同じで江戸より15里。
*3:正保年中ノ国図(しょうほうねんちゅうのくにず)…正保田園簿のこと。武蔵国のものは武蔵田園簿ともいう。
*4:元禄改定ノ図(げんろくかいていのず)…元禄郷帳。
*5:菅谷村。
*6:旗本。岡部氏2代目岡部玄蕃のこと。初代岡部主水(もんど)の母は徳川家康の命で秀忠(ひでただ)の乳母(うば)を勤め、主水は家康から2千石を与えられる。玄蕃は秀忠に小姓組(こしょうぐみ)で仕えた。
*7:采地(さいち)…知行地。
*8:上(あが)リテ…上地(あげち)となって。没収されて。
*9:秋元但馬守(あきもとたじまのかみ)…秋元但馬守永朝のこと。秋元家の祖先は、戦国時代の末期深谷城主上杉憲盛(うえすぎのりもり)の重臣「上杉四天王」の一人秋元越中守景朝(あきもとえっちゅうのかみかげとも)で、深谷城落城後息子の長朝(ながとも)が家康に仕え、秋元家四代目秋元喬知(あきもとたかとも)と七代目涼朝(すけとも)はともに川越藩主・幕府の老中を勤めた。その涼朝の子が秋元永朝で、秋元家を相続して江戸城で奏者番(そうしゃばん)を務めた。
*10:菅谷村。高札場*1 村ノ中程ニアリ。
小名 鎌ヶ谷戸 坊谷 下新田
市ノ川 村ノ北ヲ流ル、川幅三間*2。
八宮明神(やみやみょうじん)二社 何レモ村ノ鎮守(ちんじゅ)ニテ村持。
稲荷社(いなりしゃ) 保食稲荷(うけもちいなり)ト号ス。保食神*3は稲荷ノ祭神ナレバ、タマタマ此唱ヲ得シナルベシ。
諏訪社*4
太神宮*5 以上三社共ニ村持。 宝城寺(ほうじょうじ) 曹洞宗*6、中尾村慶徳寺(けいとくじ)末、大谷山ト号ス。開山臥雲寅竜(がうんいんりゅう)ハ慶長(けいちょう)三年(1598)十一月十六寂(じゃく)ス。本尊正観音*7ヲ安ス。
万福寺(まんぷくじ) 新義真言宗*8、秩父郡安戸町*9上品寺(じょうほんじ)末。山号*10ヲ唱ヘズ。本尊不動*11ヲ安ス*12。*1:高札場(こうさつば)…掟などを書いて、人目を引く所に掲げた立て札の場所。
『新編武蔵風土記稿第16巻』「比企郡(十)」 新編武蔵風土記稿刊行会, 1957(昭和32)1月15日
*2:間(けん)…1間は約1.8メートル。
*3:保食神(うけもちのかみ)…食物を司る神。
*4:諏訪社(すわしゃ)…狩猟・農業の神社として崇拝された。
*5:太神宮(だいじんぐう)…天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀った。
*6:曹洞宗(そうとうしゅう)…鎌倉時代に道元によって開かれた宗派で、坐禅を重視した。
*7:正観音…聖観音に同じ。
*8:新義真言宗(しんぎしんごんしゅう)…真言宗の一派。
*9:安戸(やすど)町…安戸村とも書く。現・東秩父村大字安戸。
*10:山号(さんごう)…寺号(じごう)の上につける称号。例○○山○○寺。
*11:不動(ふどう)…不動明王。
*12:安(あん)ス…安置する。