第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌
比企郡 (九)
杉山村(比企郡菅谷村大字杉山)*1
杉山村(すぎやまむら)ハ郷庄領(ごうしょうりょう)ノ唱ヘヲ伝ヘズ。江戸ヨリノ行程(こうてい)前村ニ同ジ*2。「家数五十余(あまり)。東ハ広野(ひろの)・太郎丸(たろうまる)ノ二村ニ隣リ、南ハ志賀村(しがむら)ニテ、西ハ中爪村(なかつめむら)、北ハ越畑村(おっぱたむら)ニ界(さか)ヘリ。東西八町*3許(ばか)リ南北十八町、水損*4ノ地ナレド用水*5便(べん)アシケレバ天水(てんすい)ヲモ仰(あお)ゲリ。御打入*6ノ後ハ森川金右衛門氏俊(もりかわきんえもんうじとし)ニ賜(たまわ)リ、今モ子孫(しそん)美濃守(みののかみ)知行*7セリ。検地*8ハ慶長(けいちょう)二年(1597)、時の地頭*9森川金右衛門糺(ただ)セシト云フ。
*1:現・埼玉県比企郡嵐山町大字杉山
*2:中爪村と同じく、「江戸ヨリ拾六里」。
*3:町(ちょう)…1町は約109メートル。
*4:水損(すいそん)…水害。
*5:用水(ようすい)…農業用水。
*6:御打入(おんうちいり)…1590年(天正18)、徳川家康が江戸城に入城したこと。関東御入国。
*7:知行(ちぎょう)…領地を支配する。
*8:検地(けんち)…土地の面積やその土地からの収穫量、生産高などを調査すること。
*9:地頭(じとう)…領主。高札場*1 村ノ中程(なかほど)ニアリ。
小名(こな) 堰口(せきくち) 川袋(かわぶくろ)
市ノ川(いちのかわ) 村ノ南ヲ流ル、川幅三間*2
八宮社(やみやしゃ) 村ノ鎮守(ちんじゅ)ナリ。相伝(あいつた)フ古(いにしえ)ハ八王子権現*3ヲ勧請*4セシ社(やしろ)ナリシガ、何(いずれ)ノ頃ニヤ八宮明神(やみやみょうじん)ニ改号(かいごう)アリシト云フ。
天神社*5
稲荷社*6 以上三社共ニ大蔵院持*1:高札場(こうさつば)…禁令や法令を板書し、庶民に周知するよう掲示した場所。
*2:間(けん)…1間は約1.8メートル。
*3:八王子権現(はちおうじごんげん)…近江国牛尾山(八王子山)の山岳信仰と天台宗・山王神道が融合した神仏習合の神。日吉山王権現もしくは牛頭天王(ごずてんのう)の眷属(けんぞく)ある8人の王子を祀った。
*4:勧請(かんじょう)…神仏の分身・分霊(ぶんれい)を他の地に移して祭ること
*5:天神社(てんじんじゃ)…菅原道真(すがわらみちざね)の霊(れい)を祀った神社。
*6:稲荷社(いなりしゃ)…五穀豊穣の神を祀る。積善寺(しゃくぜんじ) 天台宗*1、男衾郡(おぶすまぐん)塚田村普光寺(ふこうじ)ノ末(まつ)、福王山泉明院(せんみょういん)ト号(ごう)ス。開山(かいざん)祐源(ゆうげん)、天正元年(1573)二月十六日示寂*2ス。本尊(ほんぞん)弥陀*3ヲ安セリ*4。 ○鐘楼(しょうろう) 延享(えんきょう)三年(1746)十二月鋳造(ちゅうぞう)ノ鐘ヲカク。
大蔵院(だいぞういん) 本山修験*5男衾郡(おぶすまぐん)板井村(いたいむら)長命寺(ちょうめいじ)配下(はいか)、開山ヲ光勝(こうしょう)ト云ヒ、寂年*6ハ失(しつ)セリ。中興開山*7清尊(せいそん)、慶長(けいちょう)二年(1597)十一月五日示寂(じじゃく)ス。不動*8ヲ安(あん)ス。
薬師堂*9 村持(むらもち)。*1:天台宗(てんだいしゅう)…平安時代に中国で学んだ最澄(さいちょう)が、帰国して比叡山に延暦寺をつくり、新しく開いた仏教の宗派。空海の開いた真言宗とともに平安仏教の中心になった。
*2:示寂(じじゃく)…高僧が死ぬこと。
*3:弥陀(みだ)…阿弥陀如来。
*4:安(あん)セリ…安置する。
*5:本山修験(ほんざんしゅげん)…京都の聖護院(しょうごいん)を本山とする本山派修験道のこと。修験道は日本固有の山岳信仰に根ざし、密教の影響を受けて形成された宗教の一派。
*6:寂年(じゃくねん)…死亡した年。
*7:中興開山(ちゅうこうかいざん)…寺を再興した僧侶。
*8:不動(ふどう)…不動明王。
*9:薬師堂(やくしどう)…病気を治す薬師如来を祭る。塁蹟*1 村ノ中程ニテ小高キ丘ノ上千五百坪(つぼ)許リノ地ヲ云フ。一説ニ往昔*2金子十郎家忠(かねこじゅうろういえただ)ノ居住ナリシトイヘドモ詳(つまびらか)ナラズ。又ノ伝ヘニ中古(ちゅうこ)上田氏ノ臣ニテ庄主水(しょうもんど)(或ハ杉山主水トモ)ト云フ者住(じゅう)セシ所トモ云(い)エリ。按ニ*3隣村越畑村(おっぱたむら)ニモ庄主水ガ居住ノ地アリ。是(これ)当国七党*4ノ内、児玉党(こだまとう)ノ庄権頭広高(しょうごんのかしらひろたか)・庄太郎家長(しょうたろういえなが)等が子孫ナドニヤ、又北条*5家人ニモ庄式部少輔(しょうしきぶしょうすけ)・庄新四郎(しょうしんしろう)ノ名見エタリ。若(もし)クハ是等(これら)ノ一族ナラン。
*1:塁蹟(るいせき)…砦(とりで)の跡。
『新編武蔵風土記稿第16巻』「比企郡(九)」 新編武蔵風土記稿刊行会, 1957(昭和32)1月15日
*2:往昔(おうせき)…昔。
*3:按(あん)ニ …考えるに。
*4:当国七党(とうこくしちとう)…平安時代末期から鎌倉・室町時代にかけて存在した武蔵国の同族的武士団の武蔵七党のこと。
*5:小田原の後北条氏。