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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第2節:新編武蔵風土記稿

比企郡 (六)

根岸村(比企郡菅谷村大字根岸)*1

 根岸村(ねぎしむら)ハ江戸ヨリ行程(こうてい)十六里、庄名(しょうめい)前村*2ニ同ジ、領ハ玉川ニ属セリ。村名ハ正保(しょうほう)頃(1644-1648)ノモノニハ禰宜子ト書タレド、コハタマタマ借假シテ*3書シモノニテ昔ヨリ根岸ノ字ヲ用イタルト見エタリ。或書ニ熊谷次郎直実*4ガ末孫佐渡守実勝六代ノ孫、佐渡俊尚ト云フ人武蔵国比企郡根岸村ニ住シ、同国松山ノ城主安独斎*5(家譜*6ニハ暗礫斎ニ作ル)ニ属シ根岸村及ビ和泉村(いずみむら)ヲ知行ストアリ、家数十六、東ハ神戸村、南ハ将軍沢村、西ハ大蔵村ニテ、北ノ一方都幾川(ときがわ)ヲ限リテ上唐子村(かみがらこむら)ニ堺(さか)へリ。東西ヘ一町半南北ニ二町許(ばか)リ、村内ノ溜井(ためい)ニ天水ヲ湛(たた)ヘテ用水トスレド、旱損*7ノ年多シト云フ。御入国*8ノ後ハ御料所*9ニシテ寛文八年(1668)時ノ御代官深谷喜右衛門検地セリ。其後イツノ頃ニヤ島田某ニ賜リ今モ子孫島田藤十郎知ル所*10ナリ。

*1:現・埼玉県比企郡嵐山町大字根岸
*2:神戸村(ごうどむら)。
*3:借假(しゃくか)シテ…かりに。
*4:熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)…熊谷郷出の武蔵武士。平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍。源頼朝挙兵のときは平氏側であったが、間もなく頼朝に帰順(きじゅん)し、勇猛無双の武蔵武士として名を残した。源義経に従って一の谷の合戦で活躍、平家の若武者平敦盛(たいらのあつもり)を討ち取る。平家物語や歌舞伎にも描かれた。後出家して法然上人(ほうねんしょうにん)に帰依(きえ)した。
*5:安独斎…上田安独斎(うえだあんどくさい)のこと。松山城主上田能登守朝直(ともなお)。
*6:家譜…寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)のこと。江戸幕府が寛政年間に編集した家系譜集。
*7:旱損(かんそん)…ひでりによる田畑の損害。
*8:御入国(ごにゅうこく)…徳川家康が1590年(天正18)に江戸城に入ったことをさす。
*9:御料所(ごりょうしょ)…幕府の直轄領。天領。
*10:知行所。

高札場*1 村ノ中程ニアリ。
 小名 我妻山 シトメ山 日向 坂ノ上 傾城谷(けいせいやつ)
都幾川 村ノ北ニアリ。河原幅二百間*2、此川ヨリ南ノ方岡ノ裾通(すそとう)リニ一条ノ小流アリ。其間、皿淵・女淵・袈裟王淵(けさおうぶち)ナド唱フル所アリ。コレ古ノ都幾川ニテ今ノ流ハ後来川瀬ノ替(かわ)リタルナリト云フ。
神明社 村ノ鎮守ナリ。大蔵村安養寺持。
三宝荒神社 同寺ノ持。
観音堂 如意輪観音(にょいりんかんのん)ヲ安ス。同寺ノ持。

*1:高札場(こうさつば)…掟(おきて)などを書いて、人目を引く所に掲(かか)げた立て札の場所。
*2:間(けん)…1間は約1.8メートル。

『新編武蔵風土記稿第16巻』「比企郡(六)」 新編武蔵風土記稿刊行会, 1957(昭和32)1月15日
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