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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第1節:村明細帳・村鑑

千手堂村

   天保十四年九月日
  村差出明細帳下書
      武州比企郡千手堂村

一高百拾四石二升四合
 此反別弐拾九町壱畝弐歩
  内 五町四反四畝七歩 田方
    弐拾三町五反六畝廿五歩 畑方
        此内八畝八歩 元田畑ニ成入
一田方用水掛水定水無之天水場御座候
 但 土地黒真土御座候 山谷而悪場御座候
一畑方野土多有之真土場少々ニ而ねばまじり 地あさ御座候
 大麦少し蒔小麦かち作付仕候
一種之儀ハ但壱反歩へ大麦八升 小麦ハ壱反歩五升位種入仕候
一秋作之儀ハ大小豆竝栗稗多作付仕 外いも竝大根少々宛作申候
 但 山谷之村方故猪鹿多分出喰あらし候付 困窮之村方御座候
一田方苗代之儀ハ毎年八十八夜少し後種蒔仕 半夏頃迄植付仕候
一早稲多太植付おく稲少々作り申候
一畑方之儀ハ大麦十月中より十一月せつ迄蒔入仕小麦ハ九月せつ
 より十月せつまで蒔込仕候
一田畑質入値段之儀
  上田 但弐両より壱両三分
  中田 壱両壱分位迄御座候
  下田下々田 谷合木陰之場故質入相手無之程之悪場御座候
一畑方質入値段之儀ハ
  上畑 壱反付 金壱両三分より壱両弐分位迄御座候
  中畑 金壱両弐分より壱両位迄御座候
  下田 壱反付 金壱両より三分位迄御座候
一畑方肥之儀ハかり草其之外野山ニ而落葉などをとり養肥仕候
一田方肥之儀 右同断 片毛作り御座候
一用水溜井  八ケ所
  内壱ケ所ハ用水相成候得共外七ヶ所ハ水之保悪候故用水
  相成不申候 然候共年々手入仕候
一当村百姓家数 三拾三軒
  人数百七拾九人 但当卯年改
  外僧弐人 馬四疋牛ハ無御座候
  外潰百姓弐拾弐軒
一隣郷平沢村より入作百姓三軒御座候
一道化者山伏竝穢多之類無御座候
一寺院弐ヶ所
  内 禅宗千手院
    日蓮宗光照寺
一当村山村ニ而南さがり之村故大雨之節ハ悪水押出し候
 小堀拾ヶ所程有之此上橋年々掛替仕候
一郷境槻川と申川有之 但歩行渡右川橋年々十月当村より
 竹木差出掛申候
一御高札
  此掛札四枚
     切支丹札 壱枚
     鉄 砲  々
   内 徒党強訴 々
     火付之事 々
一千手観音堂  別当千手院
  但三間四面
 此御除地
  反別合弐反四畝弐拾弐歩
    内三畝弐拾歩  田方
     弐反壱畝弐歩 畑方
一三十番神 壱ヶ所  別当光照寺
 此御除地
  反別合弐反三畝四歩 畑方
一鎮守社 三ヶ所
  内壱ヶ所(伊勢太神宮)千手院持
   弐ヶ所(山王宮 春日社)村氏子持
一御年貢永方御上納之儀ハ
  夏御成金  六月
  秋御成金  九月
  御皆済金  十二月十日限
 右ハ三度永方金之儀先年より四ニ而最合格番御上納
 仕来申候
一田方御年貢 定石代金納御上納仕来り申候
 但御相場御張紙値段ニ而金三両賃上納仕候
一隣郷村境
  南ハ鎌形村
  西ハ遠山村
  東ハ菅谷村
  北ハ平沢村
一江戸日本橋江 道法拾七里
一川越御城下江 々 七里
一近郷市場江  小川村へ 壱り
        松山町へ 弐り
        熊谷へ  四り
一当村百姓男女作間稼之儀ハ男之方ハ筵皆川などをり出し
 女ハ木綿布を織出申候以上
  天保十四九月
         武州比企郡千手堂村
             名主 茂兵衛
             組頭 源左衛門
             同  長左衛門
             百姓代庄左衛門
   御郡代所          (嵐山町誌より転載)

「村差出明細帳下書」天保14年(1843)
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