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第6巻【近世・近代・現代編】- 第1章:地誌

第1節:村明細帳・村鑑

越畑村

越畑 船戸吾兵衛家文書

   元禄六年越畑村 
      御公儀様差出帳

一当村山畑ねば雑り赤砂雑り渋支土に御座候
   田方平地渋支土に御座候
一旱損水損度々御座候
一掛り物一切無御座候
一魚鳥運上無御座候
一荻野茅野等無御座候
薬師山
一御林山壱ヶ所 是ハ関川除之節坑木等切取申候
        内三町六反四畝程是ハ御用之節下
        くつ等も差上申候内金泉寺
一同  壱ヶ所 三反壱畝廿歩是ハ当時金泉寺下くつ取申候
一御林山    百姓預り二十九ヶ所御座候

一弐反五畝程 但し先規より御舟米
       其外御用等赦免遊候  名主 小平次
一柴野拾三間村切刈取申候
一柴野あまが峠馬草野  森川庄九郎様知行所
            杉山村分入合御座候
一御水帳 拾冊 五十壱年以前慶安元年十一月廿日
         城口利右衛門様 市川六兵衛様
         小林吉右衛門様 滝嶋喜兵衛様
         右四人御改被成候
一御水帳 弐冊 三十三年以前寛文六年十月朔日
         柴山庄太夫様 堀口三左衛門様
         甘利源右衛門様 永井六左衛門様
         右四人御改被成候
一桑御座候
一蚕仕候
一漆無御座候
一槙御座候
一絹木綿布仕候
一薪木取場御座候
一炭焼無御座候
一塩焼無御座候
一沼地廿二ヶ所御座候
一百姓より運上差上申候 林場無御座候
一夫銭無御座候
一野銭無御座候
一紙漉壱ヶ所 下櫛引一之川御座候 是ハ御地頭様より
 年々七分籠竹可被下候
一水門無御座候 溜り御座候
一用水堰出合御座候
一水戸井壱ヶ所 下櫛引御座候
一石橋壱ヶ所 長四間横尺 御座候
一海無御座候
一市之川と申小川御座候
一猟舟無御座候
一渡舟無御座候
一百姓家数合八拾四軒 内四軒水呑御座候
右之外
一禅宗金泉寺職員
一同宗宝薬寺 薬師別当
一天台宗観音寺 明神別当
一山伏壱人御座候
一道心弐人御座候
一屋敷五拾四軒 但し屋敷御年貢地御座候
一畑屋敷廿九軒 但し畑御年貢地御座候
          内出家三人山伏壱人道心弐人
 人数〆四百七拾八人 内二百廿六人男
           内百九十二人女
             内下男三十壱人 下女廿三人
右之通り御座候勿論書付外壱人隠置不申候
一馬合五拾九疋 内女馬壱疋
        但し牛ハ無御座候
一馬喰弐人御座候
一牢人無御座候
一殺生人無御座候
一大工三人御座候
一木挽無御座候
一桶屋無御座候
一鍛冶屋無御座候
一仙取無御座候
一サクハン(作半か)無御座候
一指物屋無御座候
一絵師無御座候
一紺屋壱人御座候
一油屋弐人御座候
一酒造人壱人御座候
一八宮大明神 増社 八王寺小宮 いなり御宮 別当観音寺
       但し社山壱反八畝廿歩御除地
           松杉楷大木小木有之候
一薬師堂壱ヶ所 堂地弐畝歩御除地 別当宝薬寺
一八大竜王壱社 別当松本坊
     但し社地壱畝歩御除地柾木弐本
一雷電社 別当金泉寺
     但し社地壱畝歩御除地松木弐本
大月
一寺蔵堂壱ヶ所
     但し堂地廿歩御除地尤御筆地分大柾壱本
一浅間神社 別当観音寺
     但し社地三畝八歩御除地松山少々
上くし引
一社宮主壱社 別当無御座候
     但し五畝歩御除地
くし引
一大天白一社 右同断
     但し弐畝拾歩御除地
後谷
一山之神一社 右同断
     但し弐畝拾歩御除地
後大月
一神明一社 右同断
     但し三畝歩御除地杉壱本楷山御座候
小栗
一八幡宮壱社 右同断
     但し拾九歩御除地大松壱本御座候
一切支丹類族無御座候
一猟師無御座候
一陣屋敷無御座候
一鉄砲所持之者無御座候
一郷蔵壱ッ 長四間横弐間
      是ハ庄蔵屋敷之内御座候
一御年貢米之儀ハ爰許ニ而御払被遊候
一種代夏米夫食無御座候
一拝借金無御座候
一奈良梨村庄兵衛と申者出作之百姓御座候
一当村市場ハ無御座候
一当村西東へ八町北南へ十八町
一当村より熊谷へ三り小川壱里行田へ五り松山へ三里
     寄居へ三里 右之市へ出商売仕候
一当村より森川庄九郎様御知行所杉山村名主迄五十程登
     折井様御知行所吉田村名主迄十八丁ほど御座候
一御鷹場ハ無御座候
一稲草  弥六 あしき ゑひ
一畑作も夏作大麦小麦秋作栗大小豆種入仕候
          田壱反八升位
一当村田畑種入之■ 畑壱反壱升位
          畑壱反大豆三升位
一田方肥ハわらくつ畑灰肥仕候
一田畑小作人
     上田壱反付七斗位 上畑壱反付九百文位
     中田壱反付六斗位 中畑反八百文位
     下田壱反付五斗位 下畑反七百文位
               下々畑反五百文位
一田畑質地年季之儀ハ五ヶ年季仕候
一田方上中下壱反付屋敷金壱両弐分位
一畑方上中下屋敷反壱両位
一当村御伝馬無御座候
一男稼耕作之間ハ熊谷行田市場へ真木売仕候
一名主給米  何々程
一組頭給米無御座候 右郷苅之了簡仕候
一御用付江戸罷出之節ハ殿様より御扶持被下候
 右雑用之義ハ百姓方より差貫仕候組頭同断御座候
一御検見之儀只今迄年々田方反取畑方永取被遊候
一関所無御座候
一行人無御座候
一鐘たゝき無御座候
一こむそう無御座候
一おんほんし無御座候
 右ハ当村今度御支配罷成候付御改被遊依之
 田畑反別并浮役臨時物等其改之品書上申通り相違
 無御座候 以上
    元禄六年       越畑村
                名主 小右衛門
  御代官

「御公儀様差出帳」元禄6年(1693)(嵐山町史より転載)
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