(嵐山町教育委員会蔵) 現平沢寺の北東1.1Kmに所在する金平遺跡では「弘安四(1281)年」銘をはじめたくさんの仏具鋳型が出土しています。製作された仏具などはほとんど平沢寺に納められたとみられています。このことからこの時期、お堂の修築などが行われていたことがわかります。畠山氏が滅ぼされた1205年以降、有力な支援者を失い当初の絶頂からしだいに衰退していくなかで再興への試みだったのでしょうか。