(福島県立博物館ジオラマ展示・福島県立博物館提供) 藤原泰衡の率いる2万の軍勢は阿津賀志山のふもとに幅5丈(約15m )の堀を掘って阿武隈川の流れをせき入れて強力な守りをかためていました。 重忠は、つれてきた80人の軍夫に用意してきた鋤と鍬をつかって土や石を運ばせ、堀を埋めて通路をつくったと伝えられています。 当時は、戦いに工兵をつかうことが珍しかったらしく、重忠の思慮は神に通じていると賞賛されたと伝えています。